2024年2月23日 / 最終更新日時 : 2024年3月4日 管理者 俳句的生活 俳句的生活(269)-平塚(5)平塚宿(2)旅籠ー 平塚宿の名前が初めて文書に現れるのは、鎌倉時代の後期、亀山天皇の皇子で仁和寺の門跡となっていた益性法親王という人が、鎌倉から京都に戻るときに、自分のための雑役を務めていた下法師を、「平塚宿」で返した、と手紙に記述したもの […]
2024年2月19日 / 最終更新日時 : 2024年2月19日 管理者 俳句的生活 俳句的生活(268)-平塚(4)平塚宿(1)見附ー 平塚宿は、JR平塚駅の少し西の処から大磯町との境まで、東海道に沿って1.5kmの間に約50軒の旅籠を連ね、両端には見附と呼ばれる施設が作られていました。私が治療を受けている歯科クリニックの診察台から見える、富士山を遮るよ […]
2024年1月26日 / 最終更新日時 : 2024年1月26日 管理者 俳句的生活 俳句的生活(267)-平塚(3)須賀村ー 須賀千軒と称された須賀は、中世から江戸期を通じ、相模の表玄関の地位を占めていました。その繁栄振りを『平塚の地誌』では、アメリカのミシシッピー川の河口の港湾都市ニューオーリンズに準えて、次のようなイメージ図を掲載しています […]
2024年1月21日 / 最終更新日時 : 2024年1月25日 管理者 俳句的生活 俳句的生活(266)-平塚(2)馬入村ー 江戸時代、平塚は58の村落から構成されていて、そのほとんどは旗本の知行地でしたが、重要な地域は幕府ならびに小田原藩によって支配されていました。馬入村は幕府の支配した処で、村高375石の内、旗本の知行地はわずかに17石ある […]
2024年1月17日 / 最終更新日時 : 2024年1月17日 管理者 俳句的生活 俳句的生活(265)-平塚(1)茅ヶ崎市との境界線ー 俳句的生活というブログを始めて3年目となりました。主に茅ヶ崎の地誌や歴史、人物について記してきましたが、200回近くのブログで茅ヶ崎についてはほぼ書き尽くした感があります。そこでお隣の平塚に足を伸ばして、気になる事柄を記 […]