鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(2)
創られた鬼
節分の夜から、数日が過ぎた。
課外活動の時間、視聴覚室ではなく、
小さな社会科準備室に集まっていた。
壁一面に古地図。
棚には副読本と史料集。
嵐山の「いつもの場所」だった。
「前に出た名前、覚えとるか」
嵐山が言った。
「源頼光」
蓮が即答する。
「酒呑童子を討った人ですよね」
「せや」
嵐山は頷いたが、
そのまま話を進めなかった。
少し間を置いてから言う。
「ほな聞くけどな。
頼光は、
“何者” やったと思う」
三人は顔を見合わせた。
「武士……?」
真衣が慎重に言う。
「源氏の……偉い人?」
蓮が続ける。
嵐山は、
小さく笑った。
「半分は当たりで、
半分は外れや」
黒板に、
嵐山は名前を書く。
――源頼光

「源氏ではある。
けどな、
鎌倉幕府の源氏とは違う」
悠夜が、
はっとする。
「時代が違う……?」
「そうや」
嵐山は、
チョークで線を引く。
「頼光は、
平安中期の人間や。
武士が
まだ “政権” を持つ前の時代やな」
さらに、
別の名前を書く。
――藤原道長
「頼光が仕えたのは、
この摂関家や」
「え……?」
蓮が声を漏らす。
「貴族、ですよね」
「せや。
当時の権力者は、
天皇でも武士でもない。
摂関家や」
嵐山は、
少しだけ声を落とした。
「頼光はな、
都の中で
“暴れん坊” を抑える役割を
担っとった」
盗賊。
反乱分子。
言うことを聞かん者。
「それを、
“鬼” と呼んだ」
黒板に、
大きく書く。
――鬼
「酒呑童子は、
その象徴や」
悠夜は、
眉をひそめた。
「でも……
本当に怪物だったんですか」
「そこや」
嵐山は、
振り返った。
「史料をよう見ると、
酒呑童子の正体は
はっきりせえへん」
山にいた。
酒を好んだ。
都に従わなかった。
「それだけや」
嵐山は言う。
「討たれた理由は、
“危険やったから” やない」
黒板に、
もう一行。
――制御できなかったから
教室が静まる。
「頼光の鬼退治は、
正義の行為やない」
嵐山は、
きっぱり言った。
「都の秩序を守るための、
政治行為や」
四天王。
渡辺綱。
坂田金時。
「個人の武勇やなく、
チームや。
組織や」
悠夜は、
ノートに書き留めながら言った。
「……じゃあ、
霧の小次郎とは
全然違う」
「せやな」
嵐山は、
即座に頷いた。
「頼光は、
鬼を “作った側” や」
討つために。
物語にするために。
「霧の小次郎は、
その外に立っとった」
嵐山は、
チョークを置いた。
「次に京都へ行くやろ」
春休み。
嵐山の実家。
大江山。
「その場所で、
頼光と、
酒呑童子と、
霧の小次郎が
どう重なるか」
窓の外で、
風が吹いた。
「大江山はな」
嵐山は、
静かに言った。
「鬼が生まれた場所やない。
鬼にされた場所や」
三人は、
言葉を失った。
節分の夜に見た、
笑われる鬼の顔が、
悠夜の脳裏に浮かぶ。
あれは、
遠い昔の
“勝者の物語” の
末端なのかもしれない。
京都は、
もう遠い場所ではなかった。
物語の奥へ進むための、
入り口が、
ようやく見え始めていた。

