鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(1)
節分の夜
節分の夜だった。
学校の視聴覚室には、
社会科の課外活動に集まった生徒たちが、
まばらに座っていた。
テレビの画面には、
赤鬼と青鬼が映っている。
豆を投げられ、
笑われ、
最後には追い払われる。
「鬼は外――」
甲高い声が、
スピーカーから流れた。
悠夜は、
ノートを膝に置いたまま、
画面を見つめていた。
楽しそうだ。
賑やかで、
分かりやすい。
けれど、
どこか引っかかる。
「……先生」
悠夜は、
隣に立つ嵐山に言った。
「鬼って、
こんなもんでしたっけ」
嵐山は、
すぐには答えなかった。
画面では、
京都・吉田神社の節分祭が映っている。
大きな鬼。
仮面。
太鼓。
人波。

「昔はな」
嵐山は、
低く言った。
「鬼は、
こんなふうに
笑われる存在やなかった」
蓮が、
画面から目を離さずに言う。
「でも……
京都って、
鬼の話、
多いですよね」
「せや」
嵐山は頷いた。
「多いいうより、
“集められとる” んや」
真衣が首をかしげる。
「集められる……?」
「都やからな」
嵐山は続ける。
「人も、
権力も、
物語も、
全部集まる」
画面には、
羅生門の跡が映し出された。
「都の入口には、
鬼がおる」
「都を守るため、ですか」
悠夜が言う。
「守るためやない」
嵐山は、
首を横に振った。
「追い出すためや」
沈黙が落ちた。
「都に入れん存在を、
“鬼” と呼んだ」
境界。
外。
山。
川。
「それを、
討つ物語を作った」
源頼光。
四天王。
酒呑童子。
悠夜は、
頭の中で、
それらの名前が
一本の線でつながるのを感じた。
「……でも」
悠夜は、
少し迷ってから言った。
「鬼と戦った人、
他にもいますよね」
嵐山は、
視線を悠夜に向けた。
「ほう」
「俺の家に……
伝わってる話があるんです」
声は、
思ったより落ち着いていた。
「霧の小次郎って人がいて」
蓮と真衣が、
顔を上げる。
「室町の頃に、
鬼と戦ったって」
嵐山は、
何も言わなかった。
続きを促すように、
ただ、
待っている。
「でも……
酒呑童子を討った側じゃない」
悠夜は、
言葉を選びながら続けた。
「鬼にされた人たちと、
戦った……らしい」
「ほう」
嵐山が、
小さく息を吐いた。
「それはな」
少し間を置いてから言う。
「正史には残らん話や」
悠夜は頷いた。
「分かってます」
画面では、
豆まきが終わり、
人々が笑顔で帰っていく。
「……先生」
真衣が言った。
「鬼って、
どこへ行ったんですか」
嵐山は、
リモコンを取り、
テレビを消した。
視聴覚室が静かになる。
「消えたんやない」
そう言ってから、
ゆっくり続けた。
「役目を終えただけや」
追い出す必要があった時代。
討つ物語が必要だった時代。
「今はな」
嵐山は、
窓の外を見た。
「笑わせる方が、
都合がええ」
悠夜は、
胸の奥に
冷たいものが沈むのを感じた。
鬼は、
倒されたのではない。
形を変えられただけだ。
そして、
その変化の途中に、
霧の小次郎は
確かに立っていた。
春休みは、
もうすぐだ。
京都へ行く話が、
その夜、
静かに決まった。

