鬼を狩る子孫 第十一話 相模川の杭(6)
発見者の立ち位置
嵐山は、しばらく川の方を見ていた。
今、目の前に広がっているのは、
堤防に囲われた、現代の相模川ではない。
ここは、
江戸時代の旧流路があったとされる一帯。
川そのものは消え、
自然堤防の高まりだけが、
かつて水が流れていた方向を
かろうじて示している。

「……もう一つ、
話しておかなあかんことがある」
嵐山は、そう前置きしてから言った。
「今回の杭な。
誰かが悪意をもって
偽物を埋めたわけやない」
三人は、顔を上げた。
「 “出どころ” が、
この場所やなかった、
いうことや」
三人が顔を上げる。
「この杭な。
最初から
ここにあったもんやない」
嵐山は、
足元の土を指した。
「ここは今、
相模川の旧流路やけどな。
この杭が使われとった川は、
もっと細い支流やったかもしれん。
それを今みんな、本流に掛かっといた
橋の杭だといって騒いどる」
嵐山は、ゆっくり言葉を選んだ。
「これはな、
仮の話や。
史料には残っとらん。
せやけど、
あり得ん話やない」
――明治四十年。
相模川は、
未曾有の大洪水を起こした。
上流から、
無数の流木が押し寄せ、
村という村をなぎ倒した。
「当時な、
流木は
貴重な燃料やった」
嵐山は続ける。
「村の衆は、
拾えるもんは拾う。
薪にして、
冬を越す」
だが、
その中に一本だけ、
異様に太い木があった。
「長さもある。
削られた跡もある。
ただの倒木とは、
明らかに違う」
村の年寄りたちは、
それを見て、
一つの話を思い出した。
「長谷観音!」
真衣が小さく声を出す。
「せや」
嵐山は頷いた。
「海から流れ着いた木が、
仏になった、いう話やな」
村人たちは、
その流木を
ありがたいものとして、
近くの寺に預けた。
「寺では、
それを “何か” とは断定せん」
ただ、
庫裡の奥に置き、
長いことそのままにしていた。
「学術調査も、
年代測定も、
されとらん」
そして――
「昭和二十年七月。
平塚空襲や」
嵐山の声が、少し低くなる。
「その寺も、
焼けた」
庫裡も、
保管されていた流木も、
すべて失われた。
「……残ったのは、
“話” だけや」
悠夜は、
胸の奥が重くなるのを感じた。
「じゃあ……
今回見つかった杭は……」
「そのときの流木のもの
とは言わん」
嵐山は、首を振った。
「せやけどな。
“本流の橋脚” やと
思い込ませる要素は、
昔から積み重なっとった」
嵐山は、
少し歩いてから続けた。
「関東大震災のとき、
水田の中に
杭が現れたやろ」
悠夜たちは頷く。
「沼田博士は、
それを
頼朝が落馬した
馬入橋の橋脚やと
結論づけた」
だが――
「疑問は、
残っとる」
三人は息をのむ。
「橋脚が南北に並んどる。
いうことは、
川は東西に流れとった」
「……」
蓮が、地図を思い浮かべる。
「それにや」
嵐山は続ける。
「本流に橋を架けるんは、
鎌倉時代でも、
江戸時代でも、
明治になってからも、
容易やなかった」
現に、
江戸時代は橋を禁じ、
渡船に頼っていた。
明治十一年になって、
ようやく
最後の木製馬入橋が架けられた。
「せやからな」
嵐山は、はっきり言った。
「 “本流の大橋” という前提自体が、
強すぎるんや」
三人は、
言葉を失った。
「支流。
小さな川。
生活のための橋」
「それが、
時代が進むにつれて、
“相模川” に
まとめられてしもた」
嵐山は、
遠くを見た。
「歴史はな、
嘘をつかん。
けど、
読み方は、
いくらでも間違う」
そして、
静かに言った。
「発見者も、
専門家も、
マスコミも。
みんな、
同じ流れを
見とっただけや」
――誰かが、
意図的に騙したわけやない。
――ただ、
“どこに立って、
何を見ているか” が
違っていただけだ。
悠夜は、
足元の土を見つめた。
ここは、
鎌倉時代の川でも、
江戸時代の川でも、
今の相模川でもない。
だが確かに、
それらすべてが
重なり合う場所だった。
川は、
流れる。
人も、
考えも、
同じように。
問題は、
流れそのものではない。
――どこに立って、
それを見ているか。
それが、
この“事件”の核心だった。


