鬼を狩る子孫 第十一話 相模川(8)
旧流路に立つ
翌週、
話題の杭について、
新しい記事はほとんど出なかった。
否定もない。
訂正もない。
ただ、
同じ言葉が繰り返される。
《相模川旧橋脚》
《鎌倉期の大橋》
《頼朝の時代》
「……流れ、止まりましたね」
真衣が言った。
図書室の机には、
前回と同じ資料が広がっている。
だが、
空気は少し違っていた。
「止まったんやない」
嵐山が言う。
「固まったんや」
悠夜は、
その言葉を噛みしめた。
「固まる……?」
「せや」
嵐山は、
一枚の新聞記事を指さす。
「ここまで来ると、
もう “前提” になっとる」
――相模川の橋脚である。
――鎌倉時代のものである。
――歴史的価値が高い。
「この三つな」
嵐山は続ける。
「これが前提になると、
その先の話しか
書かれへん」
蓮が眉をひそめる。
「じゃあ……
違う可能性は?」
「 “検討の対象外” や」
その言葉に、
三人は一瞬、黙った。
「専門家のコメントも、
もうこの前提に
乗っかっとる」
嵐山は言う。
「本流かどうか、
いう話は出てこない」
「支流の可能性も、
誰も触れない」
悠夜は、
自分のノートを見た。
そこには、
いくつもの疑問が書かれている。
――杭の規模
――流路の変遷
――橋の向き
――渡し場との関係
「こんなに
引っかかるところがあるのに……」
悠夜が言う。
「あるからこそや」
嵐山は答えた。
「引っかかる、いうことはな、
それを外すと
話が崩れる」
真衣が小さく息を吸った。
「じゃあ……
間違ってるかもしれないって
分かってても……」
「修正せえへん」
嵐山は、
はっきり言った。
「一度、
“歴史的発見” として
走り出した話は、
止める方が
コストが高い」
訂正記事。
謝罪。
再検証。
「それをするくらいなら、
黙っとる方がええ」
窓の外を、
風が通り過ぎる。
川の方角には、
雲が低く垂れていた。
「先生……」
蓮が言う。
「じゃあ、
本当のことは
どうなるんですか?」
嵐山は、
少しだけ考えてから答えた。
「消えるわけやない」
三人を見る。
「ただな……
“語られなくなる” 」
その言葉が、
静かに胸に落ちた。
「歴史は、
残る」
「せやけど、
どの歴史が
残るかは……」
嵐山は、
指で机を軽く叩いた。
「人が決める」
悠夜は、
旧相模川の地図を見つめた。
そこには、
幾本もの流路が描かれている。

消えた川。
残った川。
(川は、
何も主張しない)
(ただ、
流れた跡を
残すだけだ)
「……だから」
悠夜が言った。
「僕たちは、
“跡” を見ないと
いけないんですね」
嵐山は、
わずかに微笑んだ。
「せや」
「前提やなくて、
跡をな」
外では、
遠くで雷の音がした。
雨が降れば、
川はまた増水する。
流れは、
今日も変わり続ける。
だが、
一度固まった前提は、
そう簡単には
崩れない。
――それでも。
悠夜は、
ノートに一行書き足した。
前提を疑うことも、
調査の一部だ。
相模川は、
静かに、
その続きを待っている。


