鬼を狩る子孫 第十一話 相模川の杭(5)
マスコミと専門家の錯誤
現地から戻る途中、
悠夜たちはスマートフォンを覗き込んでいた。
「……ニュース、出てる」
蓮が画面を見せる。
《鎌倉期の大橋か
相模川旧橋脚発見》
《頼朝時代の交通史を塗り替える可能性》
大きな文字が、
いかにも「歴史的発見」を語っている。

「もう決まったみたいな書き方ですね……」
真衣が言った。
「“可能性”って書いてあるけど、
ほとんど断定だよ」
悠夜は眉をひそめた。
画面には、
大学教授、研究機関、文化財関係者の名前が並ぶ。
――橋脚の規模から見て、
――鎌倉幕府成立期の土木技術と符合する、
――相模川本流に架けられた橋の一部と考えられる。
「……先生」
悠夜が嵐山を見る。
「これ、みんな間違ってるんですか?」
嵐山は、少しだけ首を横に振った。
「間違っとる、いうよりな……」
一呼吸置いてから言った。
「 “前提” を共有してしもたんや」
三人は黙って聞く。
「今の相模川。
あの位置。
あの流れ。
それを基準に、
過去を当てはめとる」
嵐山は、地面に小石で線を引いた。
「ここが今の本流やとする。
ほんでな、
この杭を見て、
『ここに橋があった』
『ならば本流を跨いだ橋や』
――そう考える」
線の横に、
もう一本、細い線を引く。
「けどな。
江戸の頃、
この辺りには
支流が何本もあった」
「……支流」
真衣が繰り返す。
「小さい川。
幅も浅さも、
本流とは比べもんにならん」
嵐山は言った。
「その支流に、
生活のための橋があった。
農道。
村と村をつなぐ橋や」
蓮が、はっとする。
「じゃあ……
杭の大きさが
“中途半端” なのも……」
「せや」
嵐山は頷いた。
「本流を渡す橋にしちゃ小さい。
せやけど、
支流やったら、
不自然やない」
悠夜は、ニュース記事をもう一度見た。
専門家の名前。
肩書。
所属。
「でも……
誰も気づかないんですか?」
「気づけたはずや」
嵐山は静かに言った。
「古地図を重ねたらな。
流路の変遷を見たら、
一発で分かる」
「じゃあ、なんで……」
嵐山は、
少しだけ苦く笑った。
「 “物語” が先に立ったんや」
頼朝。
鎌倉。
大橋。
歴史的発見。
「一度、
それらしい物語が出来ると、
人はそこから
引き返せん」
専門家も、
マスコミも。
「嘘をついたわけやない。
ただ、
確認せんかった」
「流れを」
悠夜が言った。
「せや」
嵐山は、地面の線を指した。
「川の流れも、
情報の流れもな。
どっちも、
曲がることがある」
そして、
はっきりと言った。
「今回の “事件” は、
杭やない。
錯誤が、
連なったこと自体や」
三人は、言葉を失った。
目の前の相模川は、
今日も何事もなかったように流れている。
だがその下で、
時代と時代の境目が、
静かにずれていた。
――人は、
流れを見誤る。
――そして、
それに気づくのは、
いつも少し遅い。


