俳句的生活(344)-連句(26)-

7月の第3回目の連句が巻き終わりました。実世界はかってない猛暑となっていますが、連句では暑さを忘れた清涼な内容のものになっています。俳句では句会場まで行くのに汗びっしょりになってしまいますが、ラインでの連句はそうしたこととも無関係に、空想の世界を涼しい室内で楽しんでいます。

連句(26)『川床涼みの巻』
令和7年7月21日(月)~7月25日(木)
連衆  典子 紀子 游々子 二宮

(発句)    水音に耳を澄まして川床涼み        典子
(脇句)    クリスタルガラスに夏料理         紀子
(第三句)   たたなづく八ヶ岳(やつ)は古代に人棲みて  游々子
(第四句)   黒曜石で山の幸狩る            二宮
(第五句)   牧場の牛舎の上の月明り          典子
(第六句)   門を閉ざして鬼を退散           游々子
(第七句)   新松子芭蕉句碑建つ浮御堂         紀子
(第八句)   波に秋来る竹生島沖            二宮
(第九句)   かるた部の部長は皆の憧れで        典子
(第十句)   小督塚より御幸の峯へ           游々子
(第十一句)  龍宮てふ都は海の底の底          紀子
(第十二句)  開けてはならぬ物は開けたし        典子
(第十三句)  長安に月詠みし人奈良は夜半        游々子
(第十四句)  五言律詩を読む寒灯下           紀子
(第十五句)  厳島宋船見えて福原へ           二宮
(第十六句)  明石の蛸を積み込む夕波          游々子
(第十七句)  天守より望むビル街飛花落花        典子
(第十八句)  抜け穴の謎朧の闇に            紀子
(第十九句)  歳を経てさくら夙川苦楽園         二宮
(第二十句)  衣の袖は短めにして            游々子
(第二十一句) 背の曲がる老人の街ニュータウン      二宮
(第二十二句) 異国語交じる新たな街に          紀子
(第二十三句) 雷鳥を詠みし人あり吾の他に        游々子
(第二十四句) アイスクリーム食んで一息         典子
(第二十五句) オペ室へ向かふ夫の手握り締め       紀子
(第二十六句) 頼み頼まれ思いて祈る           二宮
(第二十七句) 少年の眼差し遠くゴビの原         游々子
(第二十八句) 平山画伯の描きし駱駝           典子
(第二十九句) 煙突の三池炭鉱の上の月          二宮
(第三十句)  手足動きて踊の輪へと           紀子
(第三十一句) 参道の店の軒先秋簾            典子
(第三十二句) 看板猫の丸く居眠り            二宮
(第三十三句) 気が付けば『オテナの塔』を口ずさみ    游々子
(第三十四句) 明け方に聴く深夜放送           典子
(第三十五句) 次の世も美しからん花の山         紀子
(挙句)    白砂松風清流聞かむ            二宮

水音に耳を澄まして川床涼み

発句は “川床涼み” という夏の季語で始まりました。川床と書いて「ゆか」と読みます。「涼み」や「涼し」が夏の季語になっているところが日本人の感覚の繊細なところで、暑い夏の中にあっても、涼しさを感じるところがあると詠んでいるのです。

クリスタルガラスに夏料理

脇句は発句を補完する役割が課されています。川床料理に具体性を与えている句ですが、クリスタルガラスとしたことで、涼しさが一層強調されています。(鴨川の川床についてはこちらより)

たたなづく八ヶ岳(やつ)は古代に人棲みて

第三句は発句・脇句から離れて、新たに場面を切り替えるところです。発句と脇句で京都鴨川桟敷での繊細な料理が詠まれていますので、思い切って縄文の時代に飛んでみました。上句の “たたなづく” は幾重にも重なるという意味で、特に山々が連なっていることの表現に使われます。古事記では「たたなづく青垣 山ごもれる 大和しうるわし」と歌われています。

黒曜石で山の幸狩る

八ヶ岳山麓には縄文の遺跡が沢山あるのですが、この地域に縄文人が沢山集まったのはこの地域に黒曜石が露出していたからと言われています。黒曜石は物々交換の重要な産品で、諏訪の黒曜石は遠く青森の三内円山遺跡からも出土されています本句はその黒曜石を使って山の恵みを採取したという句です。

牧場の牛舎の上の月明り

八ヶ岳山麓には牧場が多くあります。また「牧」がつく地名も数多くあり、これは古代律令の時代に馬を飼育していたことの名残です。今は牧場といえば牛が中心で、搾りたての牛乳でつくるソフトクリームの味は格別です。

門を閉ざして鬼を退散

牧場には害獣の侵入を防ぐために、周囲を柵で囲っていますが、これより平安京が四囲に神社仏閣を作り、魔物の侵入を防ごうとしたことを連想しました。鬼門の方角の比叡山には延暦寺が造られています

新松子芭蕉句碑建つ浮御堂

新松子(しんちぢり)とはその年にできた松ぼっくりのことで、秋の季語になっています。比叡山の琵琶湖側の堅田には湖に突き出た浮御堂があり、そこには芭蕉の句碑が建てられています。「錠明けて月さし入れよ浮御堂」という句です。(芭蕉の “三夜の月” についてはこちらより)

波に秋来る竹生島沖

竹生島は琵琶湖に浮かぶ最大の島です。旧制三高の寮歌「琵琶湖周航の歌」にもお宮のある島として歌われています。

かるた部の部長は皆の憧れで

本句と次の句は恋の座の句です。この句の作者の学校には「かるた部」があったのですね。

小督塚より御幸の峯へ

「かるた」と言えば日本では百人一首。平家物語には小督(こごう)の局という女性が描かれています。高倉天皇の寵愛を受けたことで清盛の逆鱗に触れた女性で、嵐山の渡月橋から少しばかり下った処に塚が築かれています。そこからは「小倉山峯のもみぢ葉心あらば今ひとたびの御幸待たなむ」と百人一首に詠まれている小倉山の優美な姿を眺めることができます。平家が滅び、頼朝も亡くなった頃、病床に伏していた小督の局の庵を藤原定家が見舞ったという記録が残されています。

龍宮てふ都は海の底の底

都は都でも、龍宮城は海の底にある都です。

開けてはならぬ物は開けたし

浦島太郎は玉手箱を開けてしまった。

長安に月詠みし人奈良は夜半

長安で阿倍仲麻呂が「三笠の山に出でし月かも」と月を眺めたとき、奈良は2時間近く時間が早いので、既に夜半の月になっていました。

五言律詩を読む寒灯下

仲麻呂は漢文・漢詩に秀でていたため、あそこまで出世できたのでしょう。

厳島宋船見えて福原へ

平安時代になり遣唐使が廃止されてからは、民間により日宋貿易が行われました。主な港は博多でしたが、平清盛は新たに福原(神戸)に築港した大輪田泊にまでそれらの船を導き入れていました。

明石の蛸を積み込む夕波

日本からの輸出品は金や銀、硫黄といったものでしたが、宋の船員たちは明石の蛸や鯛を船に持ち込み、日本の食材で舌鼓を打ったのではないかとの想像です。

天守より望むビル街飛花落花

明石にはお城があり、城には桜が付き物です。「飛花落花」は桜が散る様を最大限に表現した春の季語です。

抜け穴の謎朧の闇に

明石城には抜け穴があったという言い伝えがあり、その謎は朧の闇に包まれています。

歳を経てさくら夙川苦楽園

江戸時代から年月を経た今、夙川に沿って桜が植えられ、苦楽園は超高級住宅地となっています。

衣の袖は短めにして

前句の上句 “歳を経て” より、前九年の役で、源義家が逃げる安倍貞任に「衣のたては綻びにけり」と和歌の下の句を投げかけたところ、貞任は「歳を経し糸の乱れの苦しさに」と上の句を返してきた故事を連想し、衣で始まる短句を付けてみました。義家の発した「衣」とは、安倍氏の拠点であった衣川柵と貞任が今身に付けている衣服に掛けたものです。また、「たて」は衣川柵の館と衣服の縦糸に掛けたものになっています。彼らは馬上でとっさにこの下の句と上の句を交わしたのですから、今ならさしずめ連句の大達人ということになります。

背の曲がる老人の街ニュータウン

我々の世代が家を求めた昭和45~50年頃は相当の住宅難で、郊外にはニュータウンと称された巨大団地が造られたものでした。そうした団地も50年を経て、すっかり高齢化が進んでしまいました。

異国語交じる新たな街に

これから人口減が益々進んでいく中、外国人の移民を受け入れた街づくりになっていくのでしょうか。

雷鳥を詠みし人あり吾の他に

私が夏を過ごしている蓼科の別荘地では年会誌が作られているのですが、その中に俳句をやっている人の寄稿があり、雷鳥を詠んだ句が記載されていました。私も「雷鳥のつがう縄張り青き踏む」と詠んだことがありました。

アイスクリーム食んで一息

このアイスクリームは牧場で取れた牛乳で作られたものでしょうか。

オペ室へ向かふ夫の手握り締め

本句と次の句は恋の座の句です。本句はこの日作者のご主人がオペを受ける時の実経験を詠んだ句です。

頼み頼まれ思いて祈る

手術が無事に終わることを祈って止みません。

少年の眼差し遠くゴビの原

モンゴルのナーダムの少年騎手の出立まじかの眼を詠んでみました。

平山画伯の描きし駱駝

平山画伯はモンゴルやシルクロードの絵を多く残しています。

煙突の三池炭鉱の上の月

モンゴルの月は澄んで美しいが、それに引き換え三池炭鉱の月は と詠んでいます。月が煙たがるという情景も、それはそれとして風情あるものです。

手足動きて踊の輪へと

盆踊りには炭坑節の音楽が、大きなスピーカー音で流されるのが定番になっています。

参道の店の軒先秋簾

猛暑の夏が終わり、秋になってきました。実際にも早く猛暑は終わってほしいものです

看板猫の丸く居眠り

参道の店先には、猫さえ気持ちよさそうに眠っています。

気が付けば『オテナの塔』を口ずさみ

オテナの塔は昭和30年にNHKラジオで放送された新諸国物語の第四作です。その主題歌は七五調の文語による美しいメロディで、こうした文語の詩や文章を苦も無く書けた昔の人が羨ましい。

明け方に聴く深夜放送

ラジオ放送は深夜に、それも明け方に聴くことが多くなりました。

次の世も美しからん花の山

明け方より “次の世” を連想しています。挙句をハッピーエンドにする前段階の句になっています。

白砂松風清流聞かむ

挙句は、次の世は、白砂青松の中で、風の音や水の流れも清らに聞こえることだろうと詠んだものです。それはモーツアルトの美しい音楽のように、聴く人をリラックスさせてくれるものでしょう。

連衆の一人から、夏の進行とともに発句の季語が変わってきている、という指摘がありました。確かに今回の「川床涼み」は祇園祭の山鉾巡行が終わってからでないと、ピンとこないものです。今回の連句では納涼や牧場・アイスクリームなど清涼感ある素材が詠まれています。詠まれた場面も、モンゴルや古代中世、王朝の出来事、芭蕉の句碑など多彩な内容になっていて、充分に絵物語になっているのではと自負しています。