俳句的生活(343)-連句(25)-

連句(25)『島の蟬の巻』
令和7年7月11日(金)〜7月14日(月)
連衆  游々子 典子 二宮 紀子

関西と関東で、今年は梅雨の明け方が大分異なっています。早くに梅雨明けした関西では、4月に天候不良で一度中止となったブルーインパルスの飛行が実現されて、それが連句の途中であったので、今回の連句はメモリアルなものになりました。

(発句)    世阿弥来て鳴き音哀しき島の蝉     游々子

(脇句)    岩壁に咲く岩百合の花         典子

(第三句)   荒波を流星越える風ありて       二宮

(第四句)   機窓より見る山河美し         紀子

(第五句)   玄奘の駱駝を追ひて夜半の月      游々子

(第六句)   首あげて見るアンドロメダ座      二宮

(第七句)   銀色の七夕紙に願ひ書く        典子

(第八句)   揚花火待つ鎮魂の海          紀子

(第九句)   アイーダの声ひびきたる夜の遺跡    游々子

(第十句)   遠く長崎やがて帆を見る        二宮

(第十一句)  菓子数多シュガーロードで作られて   典子

(第十二句)  名無しのままの吉宗の象        游々子

(第十三句)  神無月出雲の宮に月参る        二宮

(第十四句)  初雪積もる古里の家          典子

(第十五句)  百名山あり水美味し酒旨し       紀子

(第十六句)  ゆったりゆっくりと心を延ばす     二宮

(第十七句)  ヤンキーに応えよ花の粋をもて     游々子

(第十八句)  母に手渡す卒業証書          典子

(第十九句)  AIに勝る新人四月馬鹿           紀子

(第二十句)  耕衣の禅句老いてやさしく       二宮

(第二十一句) 瓢箪に鯰を入れてみようかと      紀子

(第二十二句) ピンと張りたる文豪の髭        典子

(第二十三句) 万博の暑さをしのぐリング屋根     二宮

(第二十四句) 開南丸は夏の南極           游々子

(第二十五句) 恋文のエアーメールを読み返し     典子

(第二十六句) 眼裏にある異国の岬          紀子

(第二十七句) パラオにて敦の見たる海の色      二宮

(第二十八句) モンゴル馬の嘶く草原         游々子

(第二十九句) アラビアンナイト繙き月の宴      紀子

(第三十句)  盆灯籠の障子に映る          典子

(第三十一句) 円朝の高座ながるる秋谷中       游々子

(第三十二句) 全生庵の金の観音           紀子

第三十三句) 重なりて江戸東京の隅田川       二宮

(第三十四句) 田沼の頃に剣は商売          游々子

(第三十五句) 友よりの北の大地の花便り       典子

(挙句)    未来指指すクラークの像        紀子

世阿弥来て鳴き音哀しき島の蝉

今回の発句は私の番で、佐渡に流された世阿弥を詠んでみました。最近、謡曲というのは、その七五調のセリフを聴くだけでなく読んでも面白いものだと気付き、口語訳および英訳されたものを読んでいます。そうしたことで、佐渡に流された世阿弥を、発句として取り上げてみました。

岩壁に咲く岩百合の花

この脇句で初めて知ったのですが、佐渡は岩百合で有名な島です。

荒波を流星越える風ありて

この句の解釈は難しい。上句の「荒波」で芭蕉の荒海やの句を連想し、なんとなく佐渡かなと思わせ、更に流星が荒波を越えるということで、この流星とはこの島に配流された世阿弥や順徳院・日蓮などの象徴であり、風がそれらの人達の魂を揺さぶっている、と詠めるようになっています。

機窓より見る山河美し

星を飛行機から見るという句で、『星の王子様』を書いたサン・テグジュペリの『夜間飛行』を連想しました。

玄奘の駱駝を追ひて夜半の月

佐渡に拘り過ぎては駄目で、月のシルクロードにジャンプしました。

首あげて見るアンドロメダ座

ラクダが空を見るときは、その長い首を曲げて見上げるものです。

銀色の七夕紙に願ひ書く

星座より、七夕が連想されています。

揚花火待つ鎮魂の海

この時期、各地で3・11を追悼する花火が打ち上げられています。

アイーダの声ひびきたる夜の遺跡

イタリアのローマでは、夏の間、夜にローマ帝国時代の遺跡でオペラが上演されています。本物の遺跡が舞台となっているので、幻想的な雰囲気が創出されています。

遠く長崎やがて帆を見る

アイーダの作曲者はヴェルディですが、同じイタリアの作曲家であるプッチーニは『蝶々夫人』を作曲しています。処は長崎、ピンカートンを乗せた白帆の船が戻って来たという句。本句と前句は恋の座の句で、悲恋のオペラを題材にして詠まれています

菓子数多シュガーロードで作られて

江戸時代、長崎には砂糖がもたらされ、長崎から運び出される道は「砂糖の道」と呼ばれました

名無しのままの吉宗の象

その長崎からはまた、将軍吉宗が象に興味を示したということで、オランダ商人がベトナムより象を取り寄せ、江戸にまで運びました。茅ケ崎には「登象」という地名が残っています。

神無月出雲の宮に月参る

神無月とは旧暦十月のこと。全国各地の神様は出雲へ行ってしまうので神が居なくなるのですが、一方出雲では神様が集まるので神有月と呼ばれています。

初雪積もる古里の家

日本海に面している出雲の初雪は早い。

百名山あり水美味し酒旨し

日本の百名山は火山地帯に多いです。そんな地域では伏流水の水が美味しく、旨い酒が造られています。伯耆大山も例外ではありません。

ゆったりゆっくりと心を延ばす

酒はゆったりとした気持ちで味わうものです。

ヤンキーに応えよ花の粋をもて

そんな時、トランプ大統領から届いた手紙にたいして、石破首相は「なめられてたまるか」と応じました。こんな時にこそ日本はユーモアを効かせた花の心でもって応じてもらいたかったです。

母に手渡す卒業証書

手渡されるものが野卑な手紙ではなく、子供からの卒業証書であれば嬉しかったのですが。

AIに勝る新人四月馬鹿

新人がAIよりも勝っているというのは、エイプリル・フールでしょうか。

耕衣の禅句老いてやさしく

NHKで俳人の永田耕衣についての番組が放映されました。彼は大手メーカーで製造部長となり、55歳の定年まで働いた人です。晩年には禅に傾倒し、禅画なども残しています。

瓢箪に鯰を入れてみようかと

瓢箪に鯰は禅画のモチーフの一つです

ピンと張りたる文豪の髭

文豪には鯰のような髭を蓄えた人が多いです。夏目漱石はその最たるものでしょう。

万博の暑さをしのぐリング屋根

万博の入場者が増えてきて、チケット収入で運営費がまかなえる見込みが立ったことは慶賀の至りです。ただ、暑さが心配

開南丸は夏の南極

同じ夏は夏でも、白瀬中尉の開南丸は南極の厚い氷に阻まれて、難儀しました。

恋文のエアーメールを読み返し

白瀬中尉のころはエアメールもなく、メールは船便でした。今ならスマホで瞬時ですが。

眼裏にある異国の岬

本句と前句は恋の座の句、本句の岬はグアムの恋人岬です。

パラオにて敦の見たる海の色

グアムはアメリカ領でしたが、パラオは日本の統治領でした。作家の中島敦は南洋庁に勤務しパラオに赴任しています。何年か前に上皇夫妻が激戦となったペリリュー島を慰霊で訪れています

モンゴル馬の嘶く草原

モンゴルには今、天皇ご夫妻が訪問されています。

アラビアンナイト繙き月の宴

モンゴル帝国の版図はアラビアにまで及んでいました。

盆灯籠の障子に映る

アラジンのランプからの連想です。

円朝の高座ながるる秋谷中

幕末から明治にかけての落語家に、牡丹灯篭といった怪談物を得意とした三遊亭円朝という人がいました。円朝忌は8月11日、その時期、谷中では円朝を偲んでの落語会が催されています。

全生庵の金の観音

円朝は山岡鉄舟と交遊があり、その縁で円朝の墓は、鉄舟が創建した谷中の全生庵に作られています。全生庵は、かって中曽根元首相が頻繁に座禅を組んだことで名が知られるようになり、今、墓苑には金の観音が建立されています。

重なりて江戸東京の隅田川

円朝も鉄舟も、江戸時代と明治時代を生きた人です。

田沼の頃に剣は商売

池波正太郎の『剣客商売』では、秋山小兵衛の居宅は、隅田川が綾瀬川と合流している鐘が淵に設定されています。田沼意次が老中首座であった江戸時代で一番輝いた時代です。

友よりの北の大地の花便り

田沼意次は蝦夷地の開発を手掛けています

未来指指すクラークの像

北海道はなんといっても札幌農学校のクラーク博士。札幌羊ヶ丘展望台の、右手を挙げた博士像は、未来に向けて希望を抱けと、私たちに語り掛けているようです。

今回の連句、本ブログの読者の皆様から見て、絵巻物として十分に展開出来ているでしょうか? 挙句はいつも私たちを元気づけるような句にする決りで、今回も実現されたかな、と思っています。