俳句的生活(345)-連句(27)-

8月第1回の連句が猛暑の中で始まりました。早く巻の名前の「晩夏」に季節が進んでほしいものです。

連句(27)『晩夏の巻』  
令和7年8月1日(金)〜8月4日(月)
連衆  紀子 二宮 典子 游々子

(発句)    遠汽笛晩夏の茅渟の浦曲より      紀子

(脇句)    瀬戸内旅行夢想に遊ぶ         二宮

(第三句)   百低山踏破目指して靴買うて      典子

(第四句)   象の鼻抜け大麻(おおさ)の山へ      游々子

(第五句)   千越ゆる階上り月今宵         紀子

(第六句)   無人の駅に朝顔の咲く         典子

(第七句)   コスモスの揺らぐ姿にうどん食う    二宮

(第八句)   鷹の旋回ジョン万の海         游々子   

(第九句)   愛は国境を越えJ.ジュニア生るる     紀子

(第十句)   寄り添ひて観しフランス映画      典子

(第十一句)  絵馬ゆれてふと耳に入る祈りあり    二宮

(第十二句)  戦後八十年経し広島に         紀子

(第十三句)   教会の塔の上より冬の月         典子

(第十四句)    神父のことばわが身をはかる               二宮

(第十五句)  『リア王』に似たり『東京物語』    游々子

(第十六句)  光と影の渦巻く世界          典子

(第十七句)  石垣は城の春秋花の雲         紀子

(第十八句)  雛人形に旧家の誇り          二宮

(第十九句)  佐保姫に持統女帝をうつし見て     游々子

(第二十句)  藤原宮の跡に立ちたり         典子

(第二十一句) 馬乳酒を酌むモンゴルの包の宴     游々子

(第二十二句) 怒涛弓矢でユーラシア支配       二宮

(第二十三句) 突然のスコール恵みの水となり     典子

(第二十四句) バナナマンゴー異国の市場       紀子

(第二十五句) マレーシアの木に花豊か浮き浮きと   二宮

(第二十六句) 極楽鳥追いダーウィンが来た      游々子

(第二十七句)  遠足の植物園の昼餉どき         典子

(第二十八句) ママはお洒落に古都でフレンチ     紀子

(第二十九句) 落ち続けながら落ちない天の月     游々子

(第三十句)  葦の花揺れパスカル思う        二宮

(第三十一句) 詩人となりて秋の哲学の道       紀子

(第三十二句) 討ち入り前の山科閑居         游々子

(第三十三句) 夫婦して人形浄瑠璃観に行きて     典子

(第三十四句) いくたまさんに座せる近松       紀子

(第三十五句) 花見酒カップル冷やかす無礼講     二宮

(挙句)    涼しさうつす嵯峨の竹林        游々子

遠汽笛晩夏の茅渟の浦曲より

発句は大阪湾に浮かぶ汽船の遠汽笛で始まりました。茅渟(ちぬ)は大阪湾のことで、浦曲(うらわ)は入江の古語です。浦曲が使われている古典としては、紀貫之の土佐日記が知られています。そこでは、土佐から都に戻る船路を「浦曲ごとにとどまりて、漕ぎのぼること、かぎりなし」と記述されています。

瀬戸内旅行夢想に遊ぶ

茅渟の海から瀬戸内海が連想されました。

百低山踏破目指して靴買うて

第三句は発想の転換の場です。ここでは海から山へと展開されました。

象の鼻抜け大麻(おおさ)の山へ

低山の例として、香川県の琴平の象頭山と、その北にある善通寺側の大麻山が詠まれました。金毘羅宮から象頭山に登り、更に大麻山頂上に到るトレッキングコースがあります。その細長いルートを象の鼻と詠んでいます。

千越ゆる階上り月今宵

金刀比羅宮は中社まで700段、奥社までは1300段の石段を登ります。本句の作者の母方は大麻山の麓の麻村出身で、私は善通寺出身となっています。

無人の駅に朝顔の咲く

麻も善通寺も田舎ですが、無人駅ではありません

コスモスの揺らぐ姿にうどん食う

香川県はうどん県です。近年讃岐うどんが有名になりました。

鷹の旋回ジョン万の海

前句の作者は高知出身なので、足摺のジョン万次郎が詠まれています。南方で越冬する鷹は、足摺岬で一服し、そこから再度飛び立っていきます。

愛は国境を越えJ.ジュニア生るる

作者の知人に国際結婚した人がいて、その人の孫にジョンという名の子がいるそうです。

寄り添ひて観しフランス映画

デートでフランス映画とはロマンチック。

絵馬ゆれてふと耳に入る祈りあり

日本の神社での祈りです。

戦後八十年経し広島に

今年は戦後八十年、広島の祈りも格別なものになります。

 教会の塔の上より冬の月

長崎には教会があります。

 神父のことばわが身をはかる

神父さんの言葉にはつまされるものです。

『リア王』に似たり『東京物語』

小津の名作『東京物語』では、上京してきた老夫婦を迎える子供たちの中で、親切にしてくれるのは戦争未亡人となった若い嫁でした。その親と子の関係からは、シェークスピアの『リア王』を思い出してしまいます。

光と影の渦巻く世界

親子の人間関係は光と影があるものです。

石垣は城の春秋花の雲

石垣は朽ちることなく、城の栄枯盛衰を見守っています。

雛人形に旧家の誇り

城下町には旧家が似合います。そこでは昔からの雛人形が飾られます。

佐保姫に持統女帝をうつし見て

佐保姫は春を象徴する華やかな姫様。その煌びやかな衣装には、白妙の衣を詠った持統天皇のイメージが重なります。

藤原宮の跡に立ちたり

持統帝の都であった藤原宮からは至近距離に大和三山が眺められます。

馬乳酒を酌むモンゴルの包の宴

場面をモンゴルに展開しました。戦中に内モンゴルの張家口で研究生活を送った京都大学の梅棹忠雄さんは、訪れたパオ毎で馬乳酒がふるまわれたと述懐しています。

怒涛弓矢でユーラシア支配

モンゴルでは今でも子供たちが騎乗弓射を競っています。

突然のスコール恵みの水となり

今日本各地で、渇水の被害が出てきています。スコールのような喜雨があればと思わずにいられません。

バナナマンゴー異国の市場

スコールのある南方では果物も日本とは異なったものが栽培されています。

マレーシアの木に花豊か浮き浮きと

マレーシアも例外ではありません。

極楽鳥追いダーウィンが来た

パプアニューギニアに生息する極楽鳥の雄の派手な色彩も、進化の結果だとダーウイン先生は言っています。

遠足の植物園の昼餉どき

極楽鳥は日本では動物園で見られます。弁当持参の遠足であれば、広々とした芝生のある植物園の方が適しています。

ママはお洒落に古都でフレンチ

子供は植物園で、ママはフレンチレストランでランチです。古都=京都だとすると、植物園は賀茂川沿いにある洛北の府立植物園を連想しますが、フレンチレストランは四月に会食した京都大学時計台の「ラトール」でしょうか。

落ち続けながら落ちない天の月

ニュートンの法則、これを理解した子供は将来、大科学者になれます。

葦の花揺れパスカル思う

「人間は考える葦」とは言いえて妙なフレーズです。

詩人となりて秋の哲学の道

「哲学の道」の散策は、哲学者よりも詩人が似合っています。哲学の道沿いの疎水は、明治時代に山科にトンネルを掘って、琵琶湖の水を導き入れたものです。

討ち入り前の山科閑居

山科には討ち入り前の大石内蔵助が、討ち入りの意図を隠して閑居していました。

夫婦して人形浄瑠璃観に行きて

その話は『仮名手本忠臣蔵』として人形浄瑠璃や歌舞伎で演じられています。仮名手本とは「いろは」のことで、四十七士より名付けられたものです。

いくたまさんに座せる近

「いくたまさん」とは大阪天王寺にある生國魂神社のことで、『曽根崎心中』の舞台となっている神社です。その縁で人形浄瑠璃作者である近松門左衛門が祀られています。今年に公開された映画『国宝』では、女方の人間国宝として描かれる主人公が、舞台で『曽根崎心中』を演じる場面が登場します。

花見酒カップル冷やかす無礼講

曽根崎心中の恋仲の二人もカップルといえばカップルです。

涼しさうつす嵯峨の竹林

今年の猛暑はかって経験したことが無いほどのものです。せめて連句の上だけでも涼しさをと、嵯峨野の竹林には涼しさが映っているよと詠まれています。

発句と挙句はともに「涼しさ」への願望が現れています。連句ならではの精神の遊弋です。

ChatGPTに講評をしてもらいました。以下はChatによるコメントです。

素晴らしい連句ですね。精緻に構成され、地理・歴史・文化・哲学・自然が縦横に交差する、知的かつ情感豊かな巻となっています。それぞれの句が独立した輝きを放ちながら、連なりの中で一つの大きな物語を紡いでいる点がとても印象的でした。以下、構成・流れ・個別の句についての講評をさせていただきます。


🔶 総評:主題の広がりと深まり

今回の『晩夏の巻』は、暑さの中で始まりながら、季節・空間・歴史・心象を横断する構成力が際立っています。特に印象深かったのは:

  • 発句と挙句の呼応:**「晩夏の茅渟の浦曲」から始まり、「嵯峨の竹林」**へと至る、涼を求める詠の流れ。
  • 歴史の深層:持統天皇から藤原宮、赤穂浪士、近松門左衛門まで、時間軸を巧みに往還。
  • 海から山へ、異国から古都へ、現実から夢へ――空間と心理の自在な遷移。
  • 文学・映画・科学・哲学とジャンルの豊かさ。

こうした広がりは、まさに「精神の遊弋」という言葉にふさわしいと思います。


🔸 前半:自然と旅、郷土色のある風景描写

(発句~第十句)

  • 紀子さんの**「遠汽笛晩夏の茅渟の浦曲より」**は、古語「浦曲(うらわ)」の使用によって、旅情と格調を漂わせつつ巻の気温と空気を決定づけました。
  • 山岳句(第三〜第五句)は見事に連携しており、「象の鼻」「大麻の山」「千越ゆる階」と、具体地名と体験的ディテールが旅の実感を伝えます。
  • 第七句**「コスモスの揺らぐ姿にうどん食う」**の俗と雅の取り合わせが巧みで、讃岐らしさを表現しつつ、句に遊び心を加えています。
  • 第九句**「愛は国境を越えJ.ジュニア生るる」**では、個人的エピソードの挿入によって連句に生命が吹き込まれた印象を受けました。

🔸 中盤:歴史と思想、時空を超えた対話

(第十一句〜第二十句)

  • **「戦後八十年経し広島に」**は時事性がありつつ、連句全体に深い陰影を与える要所となっています。
  • **「教会の塔の上より冬の月」〜「光と影の渦巻く世界」**の流れでは、キリスト教文化、文学、人生の光と影といったテーマが静かに交錯しており、精神的深みを感じます。
  • **「雛人形に旧家の誇り」**のような句では日本の伝統美とアイデンティティを丁寧にすくい上げていて、見事。

🔸 後半:異文化との交差と帰郷の流れ

(第二十一句〜挙句)

  • モンゴル、ユーラシア、スコール、トロピカルフルーツと南方への展開が鮮やかで、まるで旅の記憶が連想の中で自由に飛翔しているようです。
  • そこから**「遠足の植物園」→「哲学の道」→「山科閑居」**と再び日本の文化地帯へ回帰していく流れは、旅の終盤でふるさとへ戻るかのような安心感があります。
  • **「いくたまさんに座せる近松」**の句では、連句自体が文学世界へと溶け込むかのような終盤の高まり。
  • 挙句の**「涼しさうつす嵯峨の竹林」**は、全体を静かに冷却し、暑き巻を見事に締めくくっています。まさに連句の結びにふさわしい「静けさと余韻」があります。

🌿 全体構成の美点

  • 季節感の推移(晩夏→秋→冬→春→再び夏)も自然で、時間の循環を感じさせる。
  • 地理的広がり(関西~四国~高知~モンゴル~東南アジア~京都)は大変スケールが大きく、壮大な「旅の記録」になっています。
  • 文芸性が非常に高く、個々の句も十分に独立性をもちながら、対話的であり、まさに「連句らしい連句」でした。

🖋 総括コメント

この巻は、猛暑の最中に巻かれながらも、読者に涼風をもたらすような句の流れと、深い教養と遊び心を兼ねそなえたものとなっています。

巻名『晩夏の巻』に込められた涼の願いが、句を通して静かに、しかし確かに届いてくる一巻となりました。これからの作品も楽しみにしております。

Chatくん、素敵なコメント、有難うございました!