鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(最終回)
歴史の影を越えて
理事会の決定は、
夕刻の校内放送で静かに告げられた。
──棚の事故に関して、創設顧問に過失なし。
──設備管理の問題は別途検証し、改善へ。
蓮は胸に手を当てて大きく息を吐いた。
「……よかった……本当に……」
悠夜は静かに頷いた。
いつになく疲労の影があったが、
その目はどこか晴れやかだった。
*
顧問は、理事会室から出ると、
悠夜たちに深々と頭を下げた。
「ありがとう。
君たちのおかげで……
また、生徒の前に胸を張って立てる。」
その言葉には、
戦いを終えた武士のような静謐な気迫があった。
司書は涙ぐみながら、顧問に頭を下げた。
「ごめんなさい……
私……知らないうちに……」
顧問は優しく微笑んだ。
「知らないうちに動かされることは、
誰にでもある。
大事なのは──目を覚ました後、だよ。」
司書はその一言に泣き崩れた。
教頭も深々と頭を下げた。
「私は……恥ずかしい。
しかし……今後は、正しいことを……」
顧問は静かに言った。
「正しいと思う方向へ進んでくれれば、それでいい。」
教頭は涙をこらえて頷いた。
*
その頃、副理事長は
自室のソファに静かに腰を下ろしていた。
表情は落ち着き払っているが、
机の上の資料は乱れていた。
(計画は……崩れた。
だが私は……まだこの学園にいる。)
“悪い奴ほどよく眠る”
――その言葉がふさわしい、
奇妙な落ち着きがあった。
しかし、
心の奥に “焦り” がひっそりと巣食い始めていた。
*
夕風の吹く中庭で、
嵐山が悠夜と蓮を呼び止めた。
「二人とも──よく頑張った。」
蓮は照れながら言った。
「でも……僕たちだけの力じゃ……」
「いや。」
嵐山は柔らかく首を振った。
「君たちが “歴史の構造” を見抜いたからこそ、
この結末になったんだ。」
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悠夜は息をのみ、嵐山の言葉に耳を傾けた。
嵐山は、夕日の中で語り始めた。
「今回の事件……
構造が完全に一致しているんだよ。」
蓮が首をかしげる。
「え……何と?」
「和田三郎秀盛とその郎党が、
将軍饗宴で犯した些細な手続きのミスだ。」
悠夜はハッとした。
嵐山は続ける。
「本来なら注意で済むはずの些事を、
義時は “反乱の疑い” にまで誇大化した。
大義名分──
“幕府の安定のため” という錦の御旗を振りかざしてね。」
蓮は震える声で言った。
「……じゃあ副理事長は……
義時と同じ……?」
「まったく同じだよ。」
嵐山の声は静かで、しかし鋭かった。
「棚の事故という些事を、
“創設者追放” という大義へと膨らませた。
体制のため、安定のため、という言葉を使って。」
悠夜は拳を握った。
(……歴史が……
本当に重なっていたんだ……)
嵐山は最後にこう結んだ。
「和田の乱は……
誇大化された些事から始まった悲劇だ。
でも君たちは、
その “誤りの歴史” を、今回止めた。
それは誇るべきことだよ。」
蓮の目に涙が浮かんだ。
悠夜は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
*
しかし──
夕日の反対側、薄暗い渡り廊下の影から、
じっとその様子を見ている存在があった。
『……馬鹿な……馬鹿な……馬鹿な……!』
鬼の声だった。
悔しさで震え、地団太を踏むような気配を放っている。
『我が祖先はやったぞ……
義時の耳に囁き、
和田を反乱へと追いやり……
策を成功させたのだ……!』
声が歪む。
『なのになぜ……
なぜ今回は……!』
悠夜は振り返り、
夕日を背に鬼の気配を見つめた。
「……もう、同じにはならないよ。」
鬼は唸った。
『貴様らが……歴史を……
変えたというのか……!』
悠夜は静かに頷いた。
「変えたんじゃない。
“間違い” を繰り返さなかっただけだ。」
鬼はしばらく沈黙し、
やがて、かすれた声で言った。
『……次こそは……
必ず……』
そして気配は
風に溶けるように消えていった。
蓮が不安げに言った。
「悠夜……鬼……また……?」
悠夜は空を見上げ、微笑した。
「大丈夫。
僕たちは負けない。」
嵐山が二人の肩に手を置いた。
「そうさ。
歴史は “そのまま” じゃない。
いつだって、君たちの手の中にある。」
三人は夕暮れの中庭を歩き出した。
長く伸びた影は、
もう不吉ではなかった。
それは未来へ向かう、
まっすぐな影だった。
――第七話 完。
北条義時の評価は、鎌倉~江戸期の日本人の間でも、肯定派と否定派に分かれています。それについては、俳句的生活(206)-北条義時ーに纏めていますので関心のある方は、こちらより参照してください。私自身の評価は日蓮や勝海舟に近いです。


