鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(最終回)

歴史の影を越えて

理事会の決定は、
夕刻の校内放送で静かに告げられた。

──棚の事故に関して、創設顧問に過失なし。
──設備管理の問題は別途検証し、改善へ。

蓮は胸に手を当てて大きく息を吐いた。

「……よかった……本当に……」

悠夜は静かに頷いた。
いつになく疲労の影があったが、
その目はどこか晴れやかだった。

顧問は、理事会室から出ると、
悠夜たちに深々と頭を下げた。

「ありがとう。
 君たちのおかげで……
 また、生徒の前に胸を張って立てる。」

その言葉には、
戦いを終えた武士のような静謐な気迫があった。

司書は涙ぐみながら、顧問に頭を下げた。

「ごめんなさい……
 私……知らないうちに……」

顧問は優しく微笑んだ。

「知らないうちに動かされることは、
 誰にでもある。
 大事なのは──目を覚ました後、だよ。」

司書はその一言に泣き崩れた。

教頭も深々と頭を下げた。

「私は……恥ずかしい。
 しかし……今後は、正しいことを……」

顧問は静かに言った。

「正しいと思う方向へ進んでくれれば、それでいい。」

教頭は涙をこらえて頷いた。

その頃、副理事長は
自室のソファに静かに腰を下ろしていた。

表情は落ち着き払っているが、
机の上の資料は乱れていた。

(計画は……崩れた。
 だが私は……まだこの学園にいる。)

“悪い奴ほどよく眠る”
――その言葉がふさわしい、
奇妙な落ち着きがあった。

しかし、
心の奥に “焦り” がひっそりと巣食い始めていた。

夕風の吹く中庭で、
嵐山が悠夜と蓮を呼び止めた。

「二人とも──よく頑張った。」

蓮は照れながら言った。

「でも……僕たちだけの力じゃ……」

「いや。」
嵐山は柔らかく首を振った。

「君たちが “歴史の構造” を見抜いたからこそ、
 この結末になったんだ。」

創作小説の挿絵

悠夜は息をのみ、嵐山の言葉に耳を傾けた。

嵐山は、夕日の中で語り始めた。

「今回の事件……
 構造が完全に一致しているんだよ。」

蓮が首をかしげる。

「え……何と?」

和田三郎秀盛とその郎党が、
 将軍饗宴で犯した些細な手続きのミスだ。

悠夜はハッとした。

嵐山は続ける。

「本来なら注意で済むはずの些事を、
 義時は “反乱の疑い” にまで誇大化した。
 大義名分──
 “幕府の安定のため” という錦の御旗を振りかざしてね。」

蓮は震える声で言った。

「……じゃあ副理事長は……
 義時と同じ……?」

「まったく同じだよ。」

嵐山の声は静かで、しかし鋭かった。

「棚の事故という些事を、
 “創設者追放” という大義へと膨らませた。
 体制のため、安定のため、という言葉を使って。」

悠夜は拳を握った。

(……歴史が……
 本当に重なっていたんだ……)

嵐山は最後にこう結んだ。

「和田の乱は……
 誇大化された些事から始まった悲劇だ。
 でも君たちは、
 その “誤りの歴史” を、今回止めた。
 それは誇るべきことだよ。」

蓮の目に涙が浮かんだ。

悠夜は、胸の奥が温かくなるのを感じた。

しかし──
夕日の反対側、薄暗い渡り廊下の影から、
じっとその様子を見ている存在があった。

『……馬鹿な……馬鹿な……馬鹿な……!』

鬼の声だった。
悔しさで震え、地団太を踏むような気配を放っている。

『我が祖先はやったぞ……
 義時の耳に囁き、
 和田を反乱へと追いやり……
 策を成功させたのだ……!』

声が歪む。

『なのになぜ……
 なぜ今回は……!』

悠夜は振り返り、
夕日を背に鬼の気配を見つめた。

「……もう、同じにはならないよ。」

鬼は唸った。

『貴様らが……歴史を……
 変えたというのか……!』

悠夜は静かに頷いた。

「変えたんじゃない。
 “間違い” を繰り返さなかっただけだ。」

鬼はしばらく沈黙し、
やがて、かすれた声で言った。

『……次こそは……
 必ず……』

そして気配は
風に溶けるように消えていった。

蓮が不安げに言った。

「悠夜……鬼……また……?」

悠夜は空を見上げ、微笑した。

「大丈夫。
 僕たちは負けない。」

嵐山が二人の肩に手を置いた。

「そうさ。
 歴史は “そのまま” じゃない。
 いつだって、君たちの手の中にある。」

三人は夕暮れの中庭を歩き出した。

長く伸びた影は、
もう不吉ではなかった。

それは未来へ向かう、
まっすぐな影だった。

――第七話 完。

北条義時の評価は、鎌倉~江戸期の日本人の間でも、肯定派と否定派に分かれています。それについては、俳句的生活(206)-北条義時ーに纏めていますので関心のある方は、こちらより参照してください。私自身の評価は日蓮や勝海舟に近いです。