鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第一章 丹波の若侍(10)

第10回 川の町

 丹波の山々から流れ出た水は、やがて一つに集まり、保津川となる。

 川は、町よりも古い。

 城が築かれる前から、荷はこの流れに乗って都へ運ばれた。

 木も、炭も、米も。

 川は、山を外の世へとつなぐ道だった。


 朝の川岸は忙しい。

 舟が岸に寄る音。
 縄を引く掛け声。
 濡れた木の匂い。

 朔太郎は、しばらくそれを眺めていた。

 山を越える前に、まず丹波を知る。

 そう思った。


 川沿いに、大きな蔵がある。

 白壁は新しく、扉は厚い。

 藤堂屋宗兵衛の蔵だという。

 川の商いで財を成した男らしい。

 蔵の出入り口では、番頭が帳面をめくっている。

 船頭たちが、順を待つ。

 誰が先に荷を積むか。

 何をいくらで流すか。

 決まりはあるようで、ない。


 その蔵の奥から、琴の音が流れた。

 川音の合間を縫うように、澄んだ音色がひびく。

 朔太郎は、思わず足を止めた。

 軒先に、娘が座っている。

 淡い色の小袖。
 桔梗の花をあしらった帯。

 指先が弦をなぞる。

創作小説の挿絵

 娘はふと顔を上げ、川の方を見た。

 視線が一瞬、朔太郎に触れる。

 ただそれだけのことだった。


 昼近く、川岸で声が荒れた。

 若い船頭が、荷の順を巡って言い合っている。

 「今朝はうちが先やったはずや」

 「藤堂屋を通すのが先や」

 番頭の声は、穏やかだが退かぬ。

 川は流れているのに、舟は動かない。

 しばらくして、若い船頭が引き下がった。

 周囲は何事もなかったように仕事に戻る。


 夕刻、川面が赤く染まる。

 蔵の奥から、再び琴の音がした。

 今度はゆるやかな調べ。

 娘は窓辺に立ち、川を見ている。

 船頭が肩を落として歩く姿を、じっと見ている。

 その横顔に、わずかな翳りがあった。


 朔太郎は、川辺に腰を下ろした。

 水は速い。

 だが、流れはいつも同じとは限らぬ。

 山の荒れとは違う。

 川の荒れは、目に見えにくい。

 だが、じわりと広がる。


 夜が来る。

 町は静まり、川音だけが残る。

 朔太郎は、まだ何も知らぬ。

 だが、この流れの先に、何かがある。

 それだけは、感じていた。

俳句的生活

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