添削(74)-あすなろ会(30)令和8年2月ー
美愉さん
原句 独り居のひとり言多し春浅し
この句は共感できる内容ではありますが、俳句として見た場合、
- 音律の緩み
- 説明調
- 季語の抽象性
が重なっていて、やや平板なものになっています。先ず、説明的な「多し」を具体化し、「ひとり」の重複を解消してみます。
参考例1 独り居のつぶやき漏るる春浅し
次に、原句下五の季語はいわゆる “季語が動く” 季語になっていますので、映像を伴う季語に替えるとどう変わるかを試してみました。
参考例2 独り居のつぶやき遠し春の雨
我々の俳句のレベルでは、抽象的思索的な言葉は避けて、五感に寄り添ったものを選んだ方が無難であるとしたものです。
原句 やれやれと何するでなし日向ぼこ
本句は季語と相性のよい心情が添えられていて、判り易い句になっています。ただ、中句の “何するでなし” が、”やれやれ” と意味が重複していて、言い換えになっていることです。結果として、
心情 → 心情 → 季語
という流れになっています。
即ち、上五「やれやれと」は独白、中七「何するでなし」は説明で、どちらも「同じことの言い換え」となっています。
参考例1 やれやれと湯呑を置いて日向ぼこ
動作を入れて映像化しました。
参考例2 やれやれと膝さすりをり日向ぼこ
年齢感の出たものにしました。
紫苑さん
原句 土匂ふ車輪の跡や小松原
本句は、
- 「土匂ふ」――嗅覚
- 「車輪の跡」――視覚
- 「小松原」――場の広がり
と素材がきちんと揃った佳句です。本句では、「や」で詠嘆するものは「車輪の跡」よりも「土匂ふ」にした方が詩情が強く出ます。「車輪の跡」は「轍(わだち)」と音数を縮めることができるので、語順を変えて表現してみます。
参考例 轍あと土の匂ふや小松原
原句 寒明けや一番風呂の桶ひびき
「寒明け」は寒の内が明け、ほっとする時期。まだ寒さは残るが、心理的には緩み解放感を伴うものです。そこに「一番風呂」を添えることで、寒明け → 一番風呂 → 解放感 という流れとなり、句の “狙い” が実現されています。問題は下五の「ひびき」です。「ひびき」は便利な語ですが、俳句では深みのない説明的な語になることがあります。ここは素直に「桶の音」と具体化した方が良いです。
参考例1 寒明けや一番風呂の桶の音
参考例2 寒明けの一番風呂や桶の音
「や」をどこに置くかで、詠嘆しているものがずれてきます。参考例の1と2、どちらもありかと思います。
桜子さん
原句 ボーダーの舞ひ飛ぶ夜空春きざす
本句は今開催中のミラノオリンピック・スノボージャンプ競技を詠んだ句です。問題点は二つあり一つは「舞ひ飛ぶ」です。「舞う」も「飛ぶ」も同じ内容の動詞で、動きを言い換えているだけのことになっています。更にスノボージャンプが舞って飛ぶのは当たり前のことなので、別の表現(措辞)にしなければいけません。もう一つの問題点は季語の適格性です。「春きざす」は「早春」の傍題で、この季語に添える内容は、「早春譜」に歌われている様に、春は名のみのものでないとしっくりしないものです。本句で詠んでいる内容は雪や氷の中の冷たい空間であり時間帯は夜。季語を替えた方が良いかと思います。
参考例1 ボーダーの空を震はす寒の明
参考例2 スノーボード夜空裂きたる冬銀河
原句 立ち漕ぎで漕ぐブランコや天までも
「立ち漕ぎで漕ぐ」は「立ち漕ぎ」に「漕ぐ」が含まれていて、同じ動詞を二度出すのは無駄です。もう一つの問題は下五の「天までも」です。この語は
・抽象的
・誇張的
・説明的
で、作者が伝えたいダイナミックなものが句に乗り移っていません。こうした時は動きをしゃれた措辞で表現するのが俳句を作る上でのコツです。
参考例 立ち漕ぎのブランコ空に溶け込めり
冬翠さん
原句 春浅し護岸工事の捗らず
この句は、まだ寒く川風も冷たく水量も多く、春とはいえ工事が進まない―というものです。ただ、句を読んで最初に感じるのは、季語と残りの12音とのアンバランスです。その理由ですが、
「春浅し」は
- まだ寒さが残る
- 春の兆しはあるが本格ではない
- 季節の移行期の微妙な気分
という情感に富んだもの。一方、「護岸工事の捗らず」は、
- 行政的
- 事務的
- 客観的な進捗の話
で、句が「状況報告」になっていて、季語の情感を広げるものになっていないのです。
参考例1 春浅し護岸工事の杭打てず
「捗らず」を具体化してみました。
参考例2 春浅し川辺に止まる杭打機
「止まる」で停滞を見せました。
原句 供花絶へぬ一族の墓黄水仙
本句の問題点は、「供花絶えぬ」が説明的であること、「供花」と黄水仙で花が二か所に出てきていること、黄水仙が供花の中の花なのか、墓の脇に咲いている花なのかが曖昧なことです。はっきりと黄水仙が供花であることを明確にしてみます。
参考例 一族の墓に今年も黄水仙
とも子さん
原句 凪の海だらだら坂に花辛夷
本句は三景並列の構図
- 凪の海(遠景)
- だらだら坂(中景)
- 花辛夷(近景)
となっていて、奥行きはあるのですが、どれが主役なのかが曖昧で、焦点が定まっていないことが難点です。どれを主役にするかによって句は変わってきます。また「だらだら」は写生語ですが、
- 口語的
- 音が重い(濁音)
ため、春の明るさとやや噛み合いにくいので避けた方が良いでしょう。
参考例1 凪の海見ゆる坂道辛夷咲く
海を主役にしました。
参考例2 凪の海へ下る坂道辛夷咲く
坂を主役にしました。
参考例3 凪の海へ降り行く坂に花辛夷
花を主役にしました。
原句 春塵の迷へる辻の道祖神
本句の問題点は、擬人化された動詞「迷える」の主語が、春塵なのか道祖神なのかが不明な点です。春塵だとすると、春塵が迷えるように舞っているということであり、道祖神だとすると、その表情が迷っている様に見える、ということになります。どちらにしても擬人化に無理がありますので、避けた方が良いでしょう。
参考例 春塵や二体寄り添ふ和合神
弘介さん
原句 雪しろや生きふきかえす根っこども
「雪しろ(雪代)」は雪解け水が増水して勢いよく流れる状態を指す春の季語です。ただしこれは「流れる水」なので、根を直接蘇らせる主因としてはやや飛躍があります。季語としては
むしろ、
・雪解
・雪間
・春の土
・凍土ゆるむ
のようなものにした方が良いでしょう。また、「根っこども」は、
・口語的
・擬人化が説明的
で、作為を感じます。
参考例1 雪解や生きふきかえす根の力
季語を適合したものにしました。
参考例2 雪間より生きふきかえす根の息吹
写生的にしました。
参考例3 雪しろや根を洗ひゆく濁り水
「雪しろ」を活かしました。
原句 春暁や惰眠むさぼるともは猫
春の明け方の柔らかさと、猫のだらりとした気配のよく合った着想の良い句です。問題は中句の「惰眠むさぼる」という措辞で、「むさぼる」は語感が強く、春暁の柔らかさとは少し齟齬があります。柔らかい表現にした方が良いでしょう。
参考例1 春暁やまだ眠りゐる友は猫
これで春暁の柔らかさが表現されます。更に猫を主役にすることも考えられます。
参考例2 春暁や猫はひねもす夢の中
「ひねもす」からは蕪村の「春の海ひねもすのたりのたりかな」が連想され、春暁の柔らかさをより強調した措辞となります。


