鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(11)

第11回 理事会の剣戟

理事会室の扉が重く閉ざされ、
中から低い話し声と紙のめくれる音だけが漏れていた。

理事会室の前には、
教頭・司書・嵐山・悠夜・蓮が静かに並んでいた。

教頭は手に資料を握りしめ、
司書は胸の前で指を組んで祈るように立っていた。
嵐山は腕を組み、まるで出番を待つ武将のように
ゆったりと構えていた。

蓮は囁いた。

「悠夜……もうすぐだ……」

悠夜は小さく頷いた。

(ここで止める……
 義盛のときとは違う未来にする……)

しばらくして、扉が開き、
理事の一人が声をかけた。

「教頭先生、司書さん、嵐山先生……
 中へお入りください。」

三人が理事会室に入る。
悠夜と蓮は廊下から覗きこんだ。

理事会室は長机を中心に半円状に配置され、
その中央に、副理事長と顧問が座っていた。

顧問は背筋を伸ばし、静かな目で前を見ていた。
まるで乱世の武将が、
仲裁の場に臨むときのような気迫をまとって。

創作小説の挿絵

副理事長は穏やかな笑顔で話し始めた。

「──本日の議題は、
 棚の事故に関する安全管理体制の見直しです。
 創設期の判断が、生徒の命にかかわる問題を
  “誘発した可能性” がある以上、
 責任の所在は避けては通れません。」

「…… “誘発した可能性” ね。」
顧問が静かに返した。

「副理事長。
 事故は痛ましい。
 だが、事実と可能性を入れ替えてはならん。」

副理事長の笑みは崩れなかった。

「もちろんです。
 そこで──教頭先生。
 創設期の棚の利用方針について、
 あなたが得た情報をお話しください。」

教頭の肩が震えた。

蓮は祈るように呟いた。

(先生……お願い……)

教頭は、ゆっくりと口を開いた。

「……私は……
 副理事長の指示で、司書から古い記録を……
 “今の方針に合う形” でまとめ直すように
 言われていました。」

理事たちがざわめいた。

副理事長の眉がわずかに動いた。

「教頭先生……何を……?」

教頭は声を震わせながら続けた。

「しかし……
 その過程で私は違和感を覚えました。
 創設期の方針書と、
 副理事長が提示された “記録” には……
 整合しない部分が多くあったのです。

司書が勇気を振り絞って言った。

「私……その……
 本来あるはずの署名が、
 副理事長の資料には……なくて……」

顧問が静かに言葉を添えた。

「記録というのは、
 そこに “いない人” の名前は書かれんよ。」

沈黙が落ちた。

副理事長はなお柔らかく言った。

「誤解でしょう。
 古い資料は混乱しているものです。
 だからこそ、私が “整理” を──」

「整理ではない。」

嵐山が一歩前に出た。

その声は、歴史学者の確信を帯びていた。

「副理事長。
 あなたが提出した創設期の記録は、
 署名欄の筆跡の年代が合わない。」

理事たちの顔が変わった。

「さらに──
 創設期の棚運用方針書に記されている設備担当者の名が、
 あなたの記録には故意に抜かれている。」

副理事長の目が鋭く光った。

「嵐山先生……それは推測に過ぎません。」

「いいえ。」
嵐山は淡々と言った。

「歴史は、生きた証拠の積み重ねです。
 “都合のために作られた記録” は、
 必ずどこかに綻びが出る。」

顧問が続けた。

「副理事長。
 あなたが示した “創設者の過失” は──
 捏造の可能性が高い。

ついに、
理事会の空気が完全に変わった。

副理事長は、表情を保ちながらも声にわずかな焦りが混ざった。

「……だとしても──
 棚の事故が重大であることに変わりは……」

その瞬間、
理事会室の扉が静かに開いた。

全員が振り向く。

悠夜と蓮が、
一冊のファイルを手に立っていた。

悠夜が静かに言った。

「──事故当日の “本物の点検記録” です。」

理事会室が揺れた。

蓮が続けた。

棚の金具の破損は、
 当日の “突発事故” であり、
 創設方針とは全く関係ありません。

 それを示す原本……
 ここにあります。」

顧問がゆっくりと顔を上げ、
蓮と悠夜を見つめた。

その目には、
古武士が味方の兵を見つめるときのような
深い敬意が宿っていた。

副理事長の笑みは消え、
声が震えた。

「……その記録……どこで……?」

悠夜ははっきりと言った。

「副理事長の “整理” からこぼれ落ちた、
 ただひとつの真実です。」

蓮は顧問の隣に立ち、胸を張った。

「今度は……
 和田のときと違って、
 歴史は捻じ曲げさせません。」

理事会室の空気は、
完全に副理事長から離れた。

嵐山が最後に静かに言った。

「真実は、刀より強い。
 副理事長。
 あなたが振るったのは “策謀” という刃ですが……
 折れましたね。」

副理事長は何も言えなかった。

顧問の前に、
ゆっくりと、確かな勝利の風が吹き始めていた。