鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第一章 丹波の若侍(8)

第8回 山道の影

 秋の気配が、山に差していた。

 朔太郎は、城下と山里をつなぐ細い道を歩いていた。薪を背負った村人が行き交う道だが、このところ様子が違う。

 「最近、出るらしい」

 そんな噂が、酒場で囁かれていた。

 夜道で荷が消える。
 人が叩かれる。
 だが、死にはしない。

 奪われるのは銭と米だけだという。

 山賊か。

 そう思えば、それまでだ。

 だが、妙な話も混じる。

 「顔が、変やった」
 「目ぇが、据わっとった」
 「笑うとるのに、目が笑うとらん」

 朔太郎は、足を止めた。

 鬼は、人の中に巣くう。

 あの言葉が、耳の奥で蘇る。


 山道は、曲がりくねっている。

 木々が濃くなり、人の気配が薄れる。

 ふいに、声がした。

 「止まれ」

 若い男が三人、道を塞いでいる。

 腰に刀。
 衣は粗いが、百姓ではない。

 落ち武者崩れか、流れ者か。

 「銭を置いていけ」

 真ん中の男が言った。

 目が、濁っている。

 朔太郎は、黙って男を見る。

 震えはない。

 だが、心は静まりきってはいない。

 小次郎の声がよぎる。

 ――鬼は死なぬ。


 「通るだけだ」

 朔太郎は言った。

 男は、笑った。

 「通す気はない」

 刃が、抜かれる。

 鈍い音が、森に響く。


 最初の一歩が遅れた。

 斬りかかってきた刃を、朔太郎は受ける。

 重い。

 腕が痺れる。

 まだ足りぬ。

 鍛え足りぬ。

 だが、退かない。


 二人目が横から来る。

 足を引く。

 踏み直す。

 小次郎の立ち姿を思い出す。

 揺らぐな。

 腰を落とせ。

 刃を振るう。

 男の刀を弾く。

 木立に、金属音が弾ける。

創作小説の挿絵

 三人目が、ためらった。

 その目を見た瞬間、朔太郎は理解した。

 恐れではない。

 飢えだ。

 怒りだ。

 恨みだ。

 鬼は化け物ではない。

 人の中に巣くう。

 あの言葉が、はっきりと胸に落ちた。


 踏み込む。

 柄で男の胸を打つ。

 息が詰まる音。

 斬らない。

 倒すだけでいい。

 最初の男の刀を弾き落とす。

 刃が土に刺さる。

 「……くそっ」

 三人は、後ずさる。

 走る。

 森の奥へ消えた。


 朔太郎は、しばらく立っていた。

 息が荒い。

 手が震える。

 斬れなかった。

 斬らなかった。

 どちらだ。

 分からない。


 だが、一つだけ分かった。

 恐れていたのは、相手ではない。

 己の中の揺らぎだ。

 刀を納める。

 山道は、再び静かになる。

 霧はない。

 だが、影はある。


 朔太郎は、ゆっくり歩き出した。

 鬼は、どこかにいる。

 いま見たのは、ただの飢えかもしれぬ。

 だが、放っておけば、形を持つ。

 血が散っているという。

 ならば、探さねばならぬ。

 一人では足りぬ。

 それも、分かり始めていた。