鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第一章 丹波の若侍(7)

第7回 刃を振るう

 夜明けは、薄かった。

 谷を満たしていた霧が、ゆるやかに崩れていく。山肌が、少しずつ姿を現す。

 朔太郎は、立ったままだった。

 夢は消えていない。

 声も、言葉も、胸の奥に残っている。

 ――鬼は死なぬ。

 ――鍛えよ。

 夢だ。

 そう思えば、それまでだ。

 だが、体が軽くはなかった。


 朔太郎は、刀を抜いた。

 霧を裂くように、ゆっくりと。

 白い息が、刃にかかる。

 山の中腹に立つ細い木を見定める。

 踏み込み、斬る。

 乾いた音が響く。

 浅い。

 木肌に傷をつけただけだ。

 「……」

 もう一度。

 踏み込みが甘い。

 腰が流れている。

 刃は振れている。

 だが、重みが足りない。


 小次郎の姿が、脳裏をかすめる。

 揺らがぬ立ち姿。

 抜いてはいないのに、斬れると思わせる気配。

 朔太郎は、歯を食いしばった。

 「腕ではない」

 あの言葉が、刺さる。


 もう一度、振る。

 今度は、腰を落とす。

 足の裏に、土を感じる。

 刃が木に食い込む。

 小さく、音が変わる。

 だが、まだ足りぬ。

創作小説の挿絵

 朝日が、山の端から射した。

 霧が薄くなり、盆地が見える。

 秋月城は、変わらずそこにある。

 人は動き始めるだろう。

 市が立ち、鍬が動き、争いも起きる。

 鬼が、どこかにいる。

 人の顔をして。


 朔太郎は刀を納めた。

 息は荒い。

 手のひらが震えている。

 弱い。

 それは分かっている。

 だが、逃げ場はなくなった。

 あの声を、聞いてしまった。


 川へ下りた。

 冷たい水に足を入れる。

 流れに逆らって、踏みとどまる。

 足元が揺れる。

 体幹が崩れる。

 転びそうになる。

 「……くそ」

 踏み直す。

 流れに抗う。

 鬼に抗える血。

 それは誉れではない。

 逃げられぬ縁。

 ならば、逃げぬ。


 昼近くまで、朔太郎は山にいた。

 走る。

 木を蹴る。

 岩を飛び越える。

 息が切れる。

 胸が焼ける。

 それでも止まらない。


 夕方、城下へ下りた。

 いつもの喧騒がある。

 誰も、彼の中で何が起きたかを知らない。

 それでいい。

 まだ、誰にも言わぬ。

 霧村の血が散っているという。

 ならば、探さねばならぬ。

 だが、いまの己では足りぬ。

 まず、鍛える。

 それだけは、確かだった。


 夜。

 朔太郎は、初めて夢を待った。

 だが、小次郎は現れなかった。

 霧は出た。

 声はない。

 それでいい、と朔太郎は思った。

 もう、言葉は足りている。

 あとは、自分が動く。

 刃を振るう。

 血を探す。

 鬼を狩る。

 それだけだ。