鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第二章 洛中の渦(2)

第2回 洛外の焼け跡

 洛外は、まだ戦の匂いを残していた。

 焼け落ちた堂宇の礎石がむき出しになり、折れた梁が黒く横たわっている。瓦は砕け、鐘楼は半ば崩れたまま、傾いた影を地に落としていた。

 応仁の乱から三十余年。

 都は立ち上がったと言われる。だが、その立ち上がりは洛中の話である。洛外には、立ち上がり損ねた時間が積もっていた。

 朔太郎は、崩れた石段をゆっくりと下りた。

 焼け跡の一角に、粗末な小屋がいくつも組まれている。焼け残った柱や板を拾い集め、縄で縛っただけの仮住まいだ。そこに、人が住んでいた。

 焚き火の煙が、低くたなびく。

 子どもが二人、火のそばにしゃがみ込んでいた。頬は煤け、衣はつぎはぎだ。向かいに、白髪まじりの女が座っている。

創作小説の挿絵

 朔太郎が近づくと、女は一瞬だけ顔を上げた。

「通りの者かい」

 問いは短い。警戒も、敵意もない。ただ、疲れている。

「通るだけだ」

 朔太郎はそれ以上、言葉を足さなかった。

 子どもの一人が、焼けた本堂の奥を指差した。

「……あっち、夜になると鬼が出る」

 もう一人が、声をひそめる。

「ほんまや。昨日も見た。黒いのが、ずっと立っとった」

 女が、小さく息を吐いた。

「あれは鬼やない。あれは人や」

 しばらく黙ってから、続ける。

「戦で帰れなんだ侍や。寺に身を寄せて、夜にだけ動く。昼は隠れとる」

 子どもは納得したのか、しないのか、火を見つめたまま黙った。

 朔太郎は、焼けた堂の奥へ目を向けた。

 崩れた仏像の影の向こうに、確かに人影の気配がある。息を潜め、こちらを窺っている。

 朔太郎は何も言わない。

 刀に手もかけない。

 ただ、観る。

 鬼、と呼ばれる者は、角も牙も持たぬ。

 ただ、居場所を失っただけだ。

 女が、焚き火に薪をくべる。

「名をつけられたら終いや。鬼やと呼ばれたら、鬼になる」

 独り言のように言って、女は火を見つめた。

 朔太郎の胸に、わずかに重みが落ちる。

 丹波で見た城代。
 その側にいた商人。

 あれらもまた、誰かに名を与えていた。

 ――鬼。

 都の外で生きる者に。

 戦に敗れた者に。

 秩序から外れた者に。

 朔太郎は、焼け跡をもう一度見渡した。

 子どもは笑っている。
 女は火を守っている。
 堂の奥では、誰かが息を殺している。

 荒廃と生活が、同じ地面にある。

 京は立ち直ったという。

 だが、その足元には、まだ踏み固められていない土がある。

 朔太郎は、背を向けた。

 何もせず。

 何も裁かず。

 ただ、覚える。

 焼け跡の風が、瓦礫の間を抜けていった。