鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第五章 駿府(2)
府中の雅
駿府の町には、奇妙な光景があった。
武の町でありながら、
どこか雅である。
通りを歩く者の中に、
公家の姿が混じる。
装束は簡素になっているが、
歩き方や言葉は隠せない。

応仁の乱の後、
京は荒れた。
戦は終わっても、
元の都には戻らない。
そのとき、多くの公家が西へも東へも流れた。
その一つの行き先が、駿河であった。
今川は、彼らを受け入れた。
ただ保護したのではない。
利用したのである。
和歌、連歌、書、礼法。
それらは、武にとって無用のものではなかった。
むしろ、力を正当化するために必要なものだった。
京の文化を持つことは、
「正しさ」を持つことでもあった。
今川の館では、
武士が歌を詠み、
僧が講を開き、
公家が教える。
そこでは、刀と筆が並んでいた。
この混ざり方が、駿府の特徴だった。
粗でもなく、
雅だけでもない。
その間にある、奇妙な均衡。
それが、この町の空気を作っていた。
そしてその空気の中に、
外から来た者たちが、静かに紛れ込んでいく。

