鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第四章 伊賀(8)

「そこまでや」

朔太郎の声で、場は凍りついた。

誰も動かない。

棒を持った男たちも、
群衆も、
ただその場に止まっている。

その光景を、少し離れた木立の影から見ている者がいた。

霧隠三之助である。

創作小説の挿絵

人の輪の外、
さらにその外。

誰の目にも入らない位置に立っていた。

三之助は、じっと見ていた。

打ち据えられた男。

それを取り囲む者たち。

そして、前に出た三人。

(あれが、今の伊賀か)

心の中で、そうつぶやく。

棒を振るった男の言葉が、耳に残っている。

「葛山様の命や」

「わしらは何をやっても良い」

三之助の視線が、わずかに下がる。

地に伏した男の背。

血がにじんでいる。

(あれが、差配か)

静かに思う。

虎矩の言葉がよみがえった。

「速い方が強い」

「合議は遅い」

確かに、遅い。

だが、

(これは、違う)

三之助の目が、細くなる。

自分は、なぜこの男に仕えているのか。

改めて、その問いが浮かぶ。

もともと霧隠の家は、
伊賀でも古い家柄であった。

谷をいくつも束ねる立場にあり、
合議の場でも重きをなしていた。

だが、それは祖父の代で崩れた。

あるとき、謀反の疑いがかけられた。

証はなかった。

だが、声はあった。

「危うい」

「力を持ちすぎている」

そう言った者たちがいた。

その中心にいたのが、葛山であった。

祖父は弁明の場を与えられず、
自ら腹を切った。

それで事は収まった。

そういうことにされた。

家は残った。

だが、力は削がれた。

名だけが残り、
中身は抜け落ちた。

三之助は、その後に生まれた。

何も持たぬ家。

だが、何があったかは知っている。

だから、虎矩のもとに来た。

力を持つ者のそばで、
その動きを見るために。

(だが)

三之助は、再び目を上げた。

目の前で行われていることは、
力ではない。

ただの乱暴だ。

秩序を壊す力と、
秩序を作る力は違う。

虎矩は、その違いを分かっていない。

あるいは、

分かったうえで、壊している。

どちらにしても、同じことだった。

(この男には、ついていけぬ)

結論は、静かに出た。

朔太郎たちが前に出ている。

止めに入っている。

三之助は、その姿を見た。

(あの者たちは、違う)

力の使い方が違う。

短い間だった。

だが、はっきりと分かる。

三之助は、木立から一歩だけ下がった。

気配を消す。

(ここで動くべきではない)

まだ時ではない。

だが、もう決めた。

虎矩から離れる。

そして、

(あの三人や)

次に会うときは、
同じ側に立つ。

風が吹いた。

霧が、ゆっくりと流れていく。

見えていなかったものが、
少しだけ形を持ち始めていた。