鬼を狩る子孫 第十話 大山詣り(5)
雑踏の中の入口
藤沢駅で江ノ電を降り、
悠夜たちは人の流れに押されるように小田急線のホームへ向かった。
「ここから小田急か……」
蓮が路線図を見上げる。
「相模大野で乗り換えだね。」
真衣が確認するように言った。
電車に乗り込むと、
車内は買い物袋を提げた人、仕事帰りの大人、
学生らしい集団で混み合っていた。
鎌倉の静けさとはまるで違う、
ざわざわとした日常の音が満ちている。
やがて電車は相模大野に到着した。
ホームに降りた瞬間、
空気が変わった。
人、人、人。
行き交う足音、構内放送、改札の電子音。
巨大なターミナルの中で、
悠夜は一瞬、方向感覚を失いそうになる。
「すご……」
真衣が小さく息をのむ。
「江戸の人も、こんな気分だったのかな。」
蓮がぽつりと言った。
「大山詣りに出る前の宿場町や講中の集まる場所は、
きっと、こんな感じやったんやろな。」
嵐山が人の流れを見渡しながら言う。
「祭りの前みたいなもんや。
ここで気持ちを切り替えて、山へ向かう。」
悠夜は、
旧大山街道で見た「SOS」と蛇の落書きを思い出した。
(……あれも、
この “日常” の中に紛れ込んだものだった。)
再び電車に乗り、
相模大野を離れると、車窓の景色は少しずつ変わっていった。
ビルが低くなり、
空が広がり、
遠くに山の稜線が見えはじめる。
「……あ。」
真衣が窓の外を指す。
「山。」
伊勢原駅に着くと、
空気は明らかに違っていた。
駅前には登山靴の人、
白い装束の写真が載った古い案内板、
「大山詣り」の文字があちこちに見える。

「ここが入口か……」
蓮が呟く。
嵐山は頷いた。
「せや。
伊勢原はな、昔から “大山詣り” の玄関口や。
伊勢講の名残も、あちこちに残っとる。」
悠夜は、
駅前から伸びる道の先を見つめた。
街道。
人の流れ。
信仰と娯楽が交わった場所。
そして——
あの蛇の落書きは、
本当に“偶然”だったのだろうか。
三人の胸に、
言葉にならない予感が、静かに芽生え始めていた。


