鬼を狩る子孫 第十話 大山詣り(1)
旧街道の落書き
茅ヶ崎駅を出ると、冬の空気は澄んでいて、海からの風がほのかに塩の匂いを運んできた。
「ここが旧大山街道の入り口なんだ……」
蓮がプリントを広げながらつぶやく。
社会科の課題で、大山詣りの道筋を実際に歩いて記録することになったのだ。
大山信仰は江戸時代たいへん盛んで、藤沢から茅ヶ崎を抜け、厚木・伊勢原を経て大山へ向かう “庶民の旅道” があったという。
「江戸の人たち、ほんとに歩いて大山まで行ったんだよね……?」
真衣が少し驚いたように言う。
「うん。落語にもあるよ、『大山詣り』。
参詣っていうより、ほとんど “旅行” みたいな楽しみ方だったらしいよ。」
悠夜が答えながら、三人で旧家が点在する細い道へ入っていった。
かつて旅籠が並んでいたという通りには、ところどころに古い石塔や地蔵が残っている。
「ここ…… “田村の渡し” の方向って書いてある。」
蓮が指差したのは、苔むした道標だった。
江戸の旅人が相模川を渡るために使った渡船場――旧街道の名残が、まだはっきりと息づいている。
三人は道標の裏側に回ってみた。
何か刻まれているかもしれないと思ったのだ。
しかし、そこで目に飛び込んできたのは――
「……なに、これ。」
真衣の声が小さく震えた。
そこには、黒いマジックで大きく書かれた 「SOS」 の文字。
そして、その横に――
「蛇のような曲線」だけの落書き が描かれていた。

「落書き……だよね? でも、なんか……嫌な感じ。」
蓮が眉をひそめる。
悠夜も胸の奥がざわつくのを感じた。
蛇……いや、何かがうねる線。誰かが助けを求めている?
ただの落書きにしては、妙に切迫した、荒れた筆跡だった。
「とりあえず……場所、メモしておこうか。」
悠夜が言うと、二人も頷いた。
三人は写真を撮り、位置をノートに記した。
この落書きが、ただのいたずらなのか、誰かのSOSなのか――
まだ誰にも判断がつかない。
ただ、冬の光を浴びて白く光る “蛇の線” は、
どこか古い伝承の入口を、そっと開いたように見えた。


