鬼を狩る子孫 第九話 鎌倉山の鬼(10)
鎌倉山に残る影
鎌倉山の尾根に出ると、
風が梢を揺らし、遠くに相模湾の青が光っていた。
木々のあいだから刺す光が、細い山道をまだらに照らす。
嵐山が足を止め、
古い石碑の前を指した。
「……ここや。
鎌倉山で “鬼” が語られはじめた場所の一つ言われてる。」
蓮が近づいて刻字を読む。
「 “山家の邪霊、里にくだる” ……?」

「せやけどな、」
嵐山は穏やかな京都弁で続けた。
「この “鬼” いうんは、
山に住んどる化け物いう意味ちゃうねん。」
真衣が首をかしげる。
「じゃあ……?」
「この山に住んでた人らが言うとったんはな——
人の心ん中でふくらむ、欲や怒りの影 のことやて。」
悠夜が息を呑んだ。
嵐山は石碑の影に触れるように言葉を置いた。
「昔、このあたりは追い詰められた武士や農民が
逃げこんでくる場所でもあった。
心が荒れ、互いを疑い、時には争いがおこる。
ほんまは外に鬼がおるんやなくて、
弱った人の心が “鬼を生む” んやな。」
蓮が静かに言う。
「……現代でも、同じなのか。」
「せや。」
嵐山は頷く。
「人を押しのけたい時、
見て見ぬふりをした時、
誰かを踏み台にしたくなる時——
鬼はな、そういう“心のすき間”に宿るんや。」
真衣がふと、
行きの江ノ電での光景を思い出した。
若者が座ったままスマホを見つめ、
目の前の老婦人は立ち続けていた。
自分たちも声をかけられず、
胸に小さな棘が残ったままだった。
悠夜は山の緑を見つめながら言う。
「……じゃあ、鬼を弱めるにはどうしたらいいんですか。」
嵐山はにこりと笑った。
「むずかしいことやあらへん。
誰かのために、ひとつだけ親切をする。
それで十分や。」
「ひとつだけ……?」
「せや。
人はな、親切にした時、
自分の心の中の “鬼の影” が弱うなるんや。
それは昔の人も、今の子も同じや。」
四人はしばらく黙って山の風を感じていた。
帰り道。
再び乗った江ノ電の中で、
一人の老夫婦が揺れる車内に立っていた。
今度は——
悠夜が自然に声をかけた。
「あの、よかったら座ってください。」
真衣と蓮も、それに続いて席を空けた。
老夫婦は驚いたように笑い、
「ありがとうねえ」と何度も頭を下げた。
ほんの小さな行為だった。
だが、胸の奥にあった重さが
するりとほどけていくようだった。
嵐山は横で静かに目を細めた。
「ほらな。
鬼いうんは——
こうやって弱めていくもんなんや。」
江ノ電の窓の外で、
七里ガ浜の波がゆっくりひかり、また寄せていた。
夕日の色のなかで、
悠夜ははじめて思った。
——鬼とは、誰でも持っているもの。
——けれど、誰でも弱められるものなのだ、と。


