鬼を狩る子孫 第九話 鎌倉山の鬼(9)
囁く影
鎌倉山の山道は、昼を過ぎても薄暗かった。
鬱蒼とした雑木林が陽光を遮り、
ときおり吹く風が枝葉を揺らすたび、
細かな影が斜めに走っていく。
悠夜は、ふと足を止めた。
「……なんか、ついてくる感じ、しません?」
蓮と真衣も周囲を見回す。
もちろん誰もいない。
ただ木立と岩があるだけなのに、
確かに “視線” のような気配がしていた。
嵐山が歩みを緩め、三人の方を振り返った。
「おや、気ぃついたか。
鎌倉山の “鬼伝承” のなかでも、
いちばん古ぅて、やっかいなんが——
影の鬼 や。」
「影の……鬼?」
真衣が小声で聞いた。
嵐山は、山の奥を指した。
「あっちの谷んとこにな、昔、隠れ里があった言われとる。
鎌倉攻めの戦を避けて逃げこんだ武士やら、
家を失うた民やらが潜んどった場所や。
せやけど……」
風がひゅう、と谷から吹き上がり、葉を舞わせた。
「その里では、夜になると “影が勝手に歩く” て噂になってな。
人は見えへんのに、影だけがのそのそ動く。
そいでな、その影につかれた者はみんな——
急に、気が荒うなったり、
他人を信じられんようになったりしてしもうた。」

蓮はごくりと喉を鳴らした。
「それって……幽霊とかじゃなくて、
何かの “象徴” なんですか?」
嵐山はゆっくりとうなずく。
「そうや。
この山に住んどった人らは、
影の鬼を “心の闇が歩きだす姿” やと思うとった。
孤独、怒り、疑い、嫉妬……
そういうもんが影になって人について回る、てな。」
悠夜の胸がざわついた。
(——人の心の闇が、影となって歩く?
まるで誰かの失敗を待ち構える “あの事件” みたいだ……)
第七話で副理事長の影のように広がっていった “噂” 。
第八話で学校の裏にのぞいた “利権の影” 。
そして、まだ正体の見えない、自分たちを囲む “何か” 。
すべてが頭の中で一瞬つながった気がした。
真衣が言った。
「でも……影の鬼って、本当にいたんでしょうか?」
嵐山はにやりと笑った。
「さて、どうやろなあ。
ただひとつ確かなんは……
自分の心の影は、どんな時代でもついてくる、いうこっちゃ。」
風がまたひと吹きし、
三人の影が道に長く伸びた。
悠夜はその影を見つめた。
影は、形を変えながら静かに揺れていた。
(……この “影” と、
学校で起こってること……
本当に関係ないのかな……?)
胸の奥に、小さな不安と、
それを越えていきたいという思いが芽生えた。
四人は再び歩き出した。
鎌倉山の奥へ、
影がそっとついてくるのを感じながら。


