鬼を狩る子孫 第九話 鎌倉山の鬼(8)
鬼の残したもの
鎌倉山の道は、ところどころで尾根が細くなり、
両側に深い谷が口を開けていた。
木々の間から海がちらりとのぞき、
遠くの水平線が白く光っている。
蓮が前を歩きながら、ふと立ち止まった。
「……あれ、石碑?」
藪の影に、苔むした石がぽつんと立っていた。
文字はほとんど読めないが、額のあたりが削れ、
どこか “顔” のようにも見える。
真衣が小声で言う。
「ちょっと怖いね……これも “鬼” と関係あるのかな。」
嵐山がうなずき、そっと碑に手を触れた。
「このあたりにはな、“鎌倉山の鬼火” いう話が残っとる。
鬼が山を駆け回ると、
夜な夜な青い火が飛んだ……そんな昔語りや。」

悠夜は興味深く聞く。
「その鬼って、どんな姿だったんでしょう?」
「それがな——人の形とも、獣の形とも伝わっとらへん。
形よりも、“恐れ” そのものの象徴として語られたんやろな。」
蓮が石碑を覗き込む。
「でも、どうしてこんな山に鬼が?」
嵐山は、木々の間に広がる谷を指さした。
「鎌倉は “守りの地形” や。
攻める側から見れば、闇も谷も、
何が潜んどるかわからん “恐れの塊” やった。
鬼はその恐れが生み出した影……
そう考えたら分かりやすいやろ。」
真衣が静かに息をのむ。
「じゃあ……鬼って、本当にいたわけじゃなくて、
感じた恐怖に “形” を与えたってこと?」
「せやな。
でも——」
嵐山は石碑の苔を指で払った。
「形を与えたからこそ、人は恐れと向き合えたんや。
“鬼が出た” と言うことでな。」
悠夜は、その言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……向き合うために “鬼にした” ……?」
「そういうこっちゃ。」
山道を再び歩き出す。
海風が梢を鳴らし、光が揺れて足元に模様を描いた。
蓮がふと呟く。
「心の中の鬼も……似てるのかな。
不安とか、怒りとか……
自分で形にしないと、ずっと見えないまま残っちゃう。」
悠夜は、その言葉に静かに頷いた。
電車の中で見た、“席を譲らない若者” 。
胸の奥に沈んでいた違和感。
言葉にできず、形にもできなかった何か——
それもまた小さな “鬼” なのかもしれない。
嵐山が微笑みながら言った。
「鬼はな、山にもおるし、人の心にもおる。
でも追い払うんやのうて、
“どこから来たか” 知るんが大事なんや。」
四人は言葉を失い、そのまま歩いた。
木々の間から見える海が、
ゆっくりと午後の色に変わり始めていた。


