鬼を狩る子孫 第九話 鎌倉山の鬼(4)
山路に浮かぶ影
鎌倉山へ向かう坂道は、
住宅街を抜けると一気に緑が濃くなった。
鳥の声が風に混じって聞こえ、
道端には古い石段の名残がぽつりぽつりと続いている。
悠夜は、ふと立ち止まって振り返った。
「……鬼って、なんなんだろう。」
誰に向けてというわけでもなく、
ただ心に浮かんだ疑問が口をついて出た。
蓮が歩を緩め、
真衣もその隣に静かに立った。
あの体育館裏の封筒。
印刷室の影。
事故のときの不可解な気配。
入試の加点操作。
副理事長の “やさしい悪意” 。
そして今回、鎌倉の山に伝わる鬼の伝説。
どれも姿形は違うのに、
どこかに同じ“影”のようなものが潜んでいる気がした。
「話の中の鬼と、
ほんまにおる鬼とは違うもんやで。」
嵐山が、
山道を見上げるようにして言った。
「鬼ゆうんはな、形のことやない。
人が誰かを見えんようにしてまうとき、
そこの隙間にふっと生まれるんや。」
悠夜は眉を寄せた。
「……隙間?」
「せや。」
嵐山は石段の一つを指で示す。

「ほれ、この段差みたいなもんや。
こっち側と向こう側、
どっちも間違いやあらへんのに、
“ちょっとした高さの違い” だけで
つまずいてまうやろ。」
三人はその比喩の意外さに、
静かに耳を傾けた。
嵐山は続ける。
「昔な、京都の山奥に “姿の見えん鬼” がおったいう話があんねん。
その鬼はな、誰かが嘘ついたときにも、怒ったときにも現れへん。
せやけど──」
彼は指を空に向けた。
「『わしは正しい、あいつは間違っとる』
そう心の中で思った瞬間だけ、
人の影がすっと伸びて鬼が宿るいうてな。」
蓮は息を呑んだ。
「……正しさ、で?」
「正しさほど、怖いもんはないんや。」
嵐山の声は穏やかだった。
「だれも悪気がないときにこそ、鬼は育つ。
これは昔話やけど……
まあ、今も変わらへんやろ。」
悠夜は胸の奥にその言葉を落とし込むように、
ゆっくり歩き出した。
鬼とは、
怒りでも、憎しみでもなく、
ただ人と人の心のあいだにできる“影”そのもの。
それなら、
学校で起こったあの出来事にも、
街で見かけたちょっとした無関心にも、
たしかに鬼は宿るのかもしれない。
山の匂いが濃くなり、
道はさらに上へと続いていた。
「……もっと知りたいな。」
悠夜はつぶやいた。
蓮と真衣も、しっかりとうなずく。
四人は歩調を合わせ、
鎌倉山の頂へと向かった。
風が木々を揺らし、
まだ見ぬ “鬼の伝承” の気配が
その奥で静かに待っているようだった。


