鬼を狩る子孫 第九話 鎌倉山の鬼伝説(1)
江ノ電の窓から
江ノ電の車内は、朝のやわらかな陽が差し込み、
吊り革の金具が揺れるたび、細い光がちらちらと踊った。
悠夜、蓮、真衣、そして嵐山は、
鎌倉駅から乗り込んだばかりだ。
車内は混んでいたが、
すぐ横に一人の老婦人が、
杖をつきながらつり革に手を伸ばしていた。
その正面の座席では、
若い男性が足を大きく投げ出し、
イヤホンで音楽を聴いたまま、
スマホの画面だけを見つめている。

蓮が眉をひそめた。
真衣はそっと視線をそらした。
悠夜も心のどこかがざわつき、
胸の奥が重く沈むのを感じていた。
——でも、自分も声をかけられない。
そんな葛藤を抱えていると、
隣に立つ嵐山が静かにつぶやいた。
「……どこにでも、鬼はおるんやなあ。」
その声は誰を責めるでもなく、
どこか “人の弱さ” そのものを包むように柔らかかった。
悠夜が小さく聞く。
「……鬼、ですか?」
嵐山は、落ち着いた京都弁で答える。
「人の心の中にや。
自分のことしか見えへんようになる、
ああいう瞬間にな。」
三人は黙ってしまう。
しかし、その言葉は静かに胸に残った。
江ノ電は稲村ケ崎を過ぎ、
進行方向左手には、青く広がる海が現れた。
真衣が窓に顔を寄せる。
「すご……こんなに綺麗なんだ。」
左手に七里ガ浜が見える。
白い波が幾筋も浜に寄せ、
潮風が窓の隙間からほのかに吹き込んできた。
嵐山が海を眺めながら言う。
「七里ガ浜いうたらな、
文部省唱歌にもあるやろ。
“七里ガ浜の磯伝い 稲村ヶ崎 名将の
剣投ぜし古戦場” 。」
蓮が興味深そうに聞き返す。
「名将……義経、でしたっけ?」
「ちゃうちゃう。」
嵐山は笑う。
「剣を投げたんは 新田義貞 や。
鎌倉攻めのとき、
稲村ヶ崎の海に太刀を奉じて
道を開かはった、いう伝説やな。」
悠夜はその情景を思い浮かべ、
静かに息を吸い込んだ。
やがて電車は七里ガ浜駅に到着した。
—
江ノ電を降りた四人は、
そのまま鎌倉山方面へ歩き始めた。
駅前の喧騒を離れ、
住宅街を抜け、
坂をゆっくり登っていくと、
潮風に代わって山の香りが濃くなる。
鳥の声が近く、
足元には古い石段の名残が点々と続いていた。
悠夜は、さっきの電車内の光景を思い出していた。
心の鬼とはなんだろう。
歴史の鬼伝説と、
現代の人の心に潜む “鬼” とのあいだに
何かつながりがあるのだろうか。
その答えを求めるように、
四人の歩みは鎌倉山の頂へと続いていった。


