鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(9)

理事会の影

翌朝、
校長室前の掲示板に一枚の紙が貼られていた。

《臨時理事会開催のお知らせ》
 議題:安全管理体制の見直し(棚事故を含む)》

蓮は紙を見た瞬間、声を失った。

「……これ……」

悠夜は紙を静かに読み、
低い声で言った。

「完全に……動いたね。
 “創設顧問の責任追及” が表向きの議題になった。」

職員室へ入っていく教頭の足取りは、どこか重かった。
司書はその後ろで、胸の前で資料を抱えたまま
決してこちらを見ようとしなかった。

二人の背中は、
まるで「どこにも逃げ場がない」ようだった。

蓮が震える声で言う。

「悠夜……どうしよう……
 顧問の先生、責められる……」

悠夜はゆっくりと深呼吸した。

「蓮。
 “責める材料” を、僕たちがひっくり返せばいい。」

蓮の目に、少しだけ光が戻った。

「ひっくり……返す?」

「うん。
 棚の事故の “本当の経緯” と、
 創設期の記録がどう書き換えられたかを
 つなぐ証拠を探す。」

「でも……どこにそんな証拠が……」

悠夜は少しだけ微笑んだ。

「いつも、見落とされてるところにあるんだよ。
 歴史も、事件も。」

蓮は勇気を振り絞って頷いた。

職員棟。
廊下の突き当たりにある、使われていない資料室。

悠夜と蓮は、静かに扉を開けた。

中は薄暗く、古い紙の匂いが満ちていた。
棚には、創設期からの書類が段ボール箱に無造作に詰められている。

蓮は囁く。

「ここ……司書さんが言ってた “古い資料” ……?」

「うん。
 副理事長はここから “都合の悪いもの” を抜いたはず。」

悠夜は一つ目の箱を開け、
日付順に並んだ創設期の資料に目を通した。

そのとき、
蓮が別の箱の奥から一冊のファイルを引きずり出した。

「……悠夜……これ……!」

表紙には薄れた字で、

《備品棚・運用方針(創設期)》

と書かれていた。

悠夜は息を呑んだ。

「これ……顧問の先生が最初に作った方針書だ。」

創作小説の挿絵

蓮は震える声で読み上げた。

「『棚は生徒の安全を最優先に、
  担当教員が点検記録を管理すること』
 って書いてある……!」

「つまり──
 顧問の責任を問う前提そのものが、
  副理事長のレトリックによる“ねじ曲げ”だった

 という証拠だ。」

蓮は拳を握った。

「これがあれば……顧問の先生を守れる……!」

悠夜は慎重にファイルを閉じた。

「でも、これだけじゃ足りない。
 “改竄の痕跡” を示すものがほしい。」

蓮が沈みかけたその時──

廊下の奥から、
ふと、微かな気配がした。

風もないのに、
資料室の扉がゆっくりと軋んだ。

そして、
悠夜の耳に再び、あの声が落ちてきた。

『……秩序のためだ。
 理念よりも、安定を守るべきではないか?』

(……また……)

悠夜は額に手を当てた。

『義時も、そうやって動いた。
 そして幕府は安定した。
 おまえは、どちらに立つ?』

低く、湿り気を帯びた声。
だがどこか懐かしい響き。

蓮が不安そうに覗き込む。

「悠夜……大丈夫?」

悠夜は首を振った。

(違う……
 安定のために理念を捨てたら、
 義盛のときと同じだ……)

『人は弱い。
 理念だけでは守れぬものがある。
 それをよく知っているだろう?』

悠夜はこみ上げる吐き気を押さえつけ、
はっきりと言った。

「……僕は……
 “弱さに負けた歴史” を、繰り返したくない。」

声はすぐに消えた。

蓮は静かに手を伸ばし、悠夜の袖をつまんだ。

「……悠夜。
 大丈夫だから。
 二人でやろう。」

悠夜はうなずき、
資料室の扉をそっと閉めた。

その頃、
副理事長は理事会用の資料を整えていた。
その目には油断がなかった。

「……これで、創設期の “責任” は整理できる。」

しかし、
机の端に置かれた空のファイルケースには、
本来あるはずの一冊が欠けていることに
副理事長はまだ気づいていなかった。

(勝つと思っている……
 義時も最後まで、そう思っていたのだろう。)

悠夜は資料室から出て、
蓮と並んで校舎の外へ向かった。

「蓮……
 ここからが本当の戦いだ。」

蓮は真っ直ぐに頷いた。

「うん。
 顧問の先生を守ろう。
 今度は絶対に、あの時代みたいにはさせない。」

夕暮れの校舎に、
二人の足音が静かに響いていた。