鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(9)
理事会の影
翌朝、
校長室前の掲示板に一枚の紙が貼られていた。
《臨時理事会開催のお知らせ》
議題:安全管理体制の見直し(棚事故を含む)》
蓮は紙を見た瞬間、声を失った。
「……これ……」
悠夜は紙を静かに読み、
低い声で言った。
「完全に……動いたね。
“創設顧問の責任追及” が表向きの議題になった。」
職員室へ入っていく教頭の足取りは、どこか重かった。
司書はその後ろで、胸の前で資料を抱えたまま
決してこちらを見ようとしなかった。
二人の背中は、
まるで「どこにも逃げ場がない」ようだった。
蓮が震える声で言う。
「悠夜……どうしよう……
顧問の先生、責められる……」
悠夜はゆっくりと深呼吸した。
「蓮。
“責める材料” を、僕たちがひっくり返せばいい。」
蓮の目に、少しだけ光が戻った。
「ひっくり……返す?」
「うん。
棚の事故の “本当の経緯” と、
創設期の記録がどう書き換えられたかを
つなぐ証拠を探す。」
「でも……どこにそんな証拠が……」
悠夜は少しだけ微笑んだ。
「いつも、見落とされてるところにあるんだよ。
歴史も、事件も。」
蓮は勇気を振り絞って頷いた。
*
職員棟。
廊下の突き当たりにある、使われていない資料室。
悠夜と蓮は、静かに扉を開けた。
中は薄暗く、古い紙の匂いが満ちていた。
棚には、創設期からの書類が段ボール箱に無造作に詰められている。
蓮は囁く。
「ここ……司書さんが言ってた “古い資料” ……?」
「うん。
副理事長はここから “都合の悪いもの” を抜いたはず。」
悠夜は一つ目の箱を開け、
日付順に並んだ創設期の資料に目を通した。
そのとき、
蓮が別の箱の奥から一冊のファイルを引きずり出した。
「……悠夜……これ……!」
表紙には薄れた字で、
《備品棚・運用方針(創設期)》
と書かれていた。
悠夜は息を呑んだ。
「これ……顧問の先生が最初に作った方針書だ。」
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蓮は震える声で読み上げた。
「『棚は生徒の安全を最優先に、
担当教員が点検記録を管理すること』
って書いてある……!」
「つまり──
顧問の責任を問う前提そのものが、
副理事長のレトリックによる“ねじ曲げ”だった
という証拠だ。」
蓮は拳を握った。
「これがあれば……顧問の先生を守れる……!」
悠夜は慎重にファイルを閉じた。
「でも、これだけじゃ足りない。
“改竄の痕跡” を示すものがほしい。」
蓮が沈みかけたその時──
廊下の奥から、
ふと、微かな気配がした。
風もないのに、
資料室の扉がゆっくりと軋んだ。
そして、
悠夜の耳に再び、あの声が落ちてきた。
『……秩序のためだ。
理念よりも、安定を守るべきではないか?』
(……また……)
悠夜は額に手を当てた。
『義時も、そうやって動いた。
そして幕府は安定した。
おまえは、どちらに立つ?』
低く、湿り気を帯びた声。
だがどこか懐かしい響き。
蓮が不安そうに覗き込む。
「悠夜……大丈夫?」
悠夜は首を振った。
(違う……
安定のために理念を捨てたら、
義盛のときと同じだ……)
『人は弱い。
理念だけでは守れぬものがある。
それをよく知っているだろう?』
悠夜はこみ上げる吐き気を押さえつけ、
はっきりと言った。
「……僕は……
“弱さに負けた歴史” を、繰り返したくない。」
声はすぐに消えた。
蓮は静かに手を伸ばし、悠夜の袖をつまんだ。
「……悠夜。
大丈夫だから。
二人でやろう。」
悠夜はうなずき、
資料室の扉をそっと閉めた。
*
その頃、
副理事長は理事会用の資料を整えていた。
その目には油断がなかった。
「……これで、創設期の “責任” は整理できる。」
しかし、
机の端に置かれた空のファイルケースには、
本来あるはずの一冊が欠けていることに
副理事長はまだ気づいていなかった。
(勝つと思っている……
義時も最後まで、そう思っていたのだろう。)
悠夜は資料室から出て、
蓮と並んで校舎の外へ向かった。
「蓮……
ここからが本当の戦いだ。」
蓮は真っ直ぐに頷いた。
「うん。
顧問の先生を守ろう。
今度は絶対に、あの時代みたいにはさせない。」
夕暮れの校舎に、
二人の足音が静かに響いていた。

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