鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(7)

功労者を封じる影

翌週の午後。
校舎は定期試験前の静けさに包まれ、
生徒たちの声はどこか控えめだった。

だがその裏で、
もう一つの静かな動きが始まっていた。

昼休み。
悠夜と蓮は職員棟へ向かう細い廊下にいた。
司書が「古い書類の整理を頼まれた」と口にしたことが
どうしても気になったからだ。

事務室のドアがわずかに開き、
中の声が漏れていた。

「──この “創設顧問に関する報告” ですが、
 ここの部分、もう少し整理しておきましょう。」

副理事長の落ち着いた声だった。

司書のやわらかな声が続く。

「ですが……ここには顧問の先生が
 学園の安全管理に細かく関わっておられた記録が……
 この棚も、もともとは──」

「ああ、大丈夫です。」

副理事長の声はやわらかい。
だが、それは議論を終わらせるための柔らかさだった。

「古い細部は、今の体制には不要なのですよ。
 “混乱を避けるため” にも、
 創設期の影響力は控えめにしておくべきです。」

蓮は息を止めた。

(影響力を……控えめに?
 顧問の先生の功績を……小さくするつもり……?)

司書がためらった声を出した。

「……顧問の先生は、学園の理念をつくられた方で……
 生徒のことを一番に考えて……」

「もちろん尊敬しています。」
副理事長はやわらかく遮る。
「ですがね、司書さん。
 理事会は今、“新しい方針” で動いています。
 古い価値観が強すぎると、かえって組織が揺らぎます。」

悠夜が蓮の腕を軽く引き、ドアから離れた。

(……まるで、義時だ。)

幕府創設の大功労者でありながら、
義時にとっては “影響力が強すぎる” 存在だった和田義盛。
その忠義も武功も、
体制の安定には重すぎる。
だから排除工作が始まった。

悠夜は、胸の奥がひやりとした。

(創設顧問の先生も……同じ扱いを受けている。)

今も顧問として学園の理念を守り続ける人物。
派閥にも興味がなく、生徒だけを見てきた誠実な大人。
理事会の中でも広い信頼を持ち、
副理事長の意向に異を唱えることもある。

だからこそ、
副理事長にとっては “扱いにくい人物” だった。

蓮が小さく呟く。

「悠夜……副理事長、
 顧問の先生を……追い落とすつもりなのかな。」

悠夜は目を伏せた。

「たぶんね。
 棚の事故の記録を消したのは……
 本当に “事故を隠すため” じゃなかったんだ。」

蓮が目を見開く。

「じゃあ……?」

「 “顧問の過失に見せかけるため” だよ。
 創設者の責任のように仕立てれば、
 影響力を弱められる。」

蓮は言葉を失った。

「和田義盛と……同じだ。
 功労者は、時に一番重い存在になる。」

創作小説の挿絵

職員室の奥から、
副理事長の柔らかな声が再び聞こえた。

「理事会の安定のためにも、
 創設期の人物の “色” は薄めておかねばなりません。
 そのほうが学園は落ち着きます。」

悠夜は思わず天井を見上げた。

( “安定” ……義時もその言葉を使った。
 でも本当は、
 自分の権力が揺らぐのが怖かっただけだ。)

蓮は拳を握りしめた。

「……顧問の先生を守らなきゃ。
 今度は、和田のときみたいにはさせない。」

悠夜は静かに頷いた。

二人の胸に、
“未来のために歴史を止める”
そんな新しい使命感が灯っていた。