鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(6)
重ねられた言い訳
翌日の放課後。
悠夜と蓮は昇降口で靴を履き替えながら、
今日どう動くかを短く相談した。
「蓮、今日は別々に動こう。
僕は理科準備室のほうを見てみる。
蓮は……教頭の周りを少し気にしておいて。」
蓮は緊張しつつも頷いた。
「うん。できるだけ……気をつける。」
二人は廊下の角で別れた。
*
蓮は校舎二階の渡り廊下を歩いていた。
夕陽は赤く傾き、階段の影が濃く伸びている。
そのとき──声が聞こえた。
「……はい。“点検扱い” にすれば問題ありません。」
教頭の声だ。
手すりの隙間からそっと覗くと、
教頭が電話を耳に当て、
胸には書類の詰まったクリアファイル。
「ええ、理事会の判断に従います。
旧資料の扱いは司書に任せていますので……
あの人は素直ですから。」
蓮は息を呑んだ。
(司書さん……利用されてる……)
教頭は続けた。
「学園の安定のためです。
混乱が広がれば、誰も得をしませんから。」
その声は、
誰かに言われた言葉をそのまま繰り返しているように聞こえた。
電話を切ると、教頭は深く息をついた。
疲れと、わずかな恐れの混ざった表情だった。
蓮は廊下の影に身を隠したまま、
胸の奥に苦いものが広がっていくのを感じた。
*
合流すると、悠夜は蓮の顔を見てすぐに察した。
「蓮……何があった?」
蓮は教頭の会話をすべて伝えた。
悠夜は静かに目を閉じ、しばらく考え込んだ。
そしてぽつりと言った。
「──和田の乱でも、同じことがあった。」
蓮が顔を上げる。
「え?」
「和田三郎秀盛の近くに、“名前の残らなかった郎党” がいたんだよ。
『吾妻鏡』には最初から存在しなかったみたいに消されてる。」
蓮は息を呑んだ。
「その人……何をしたの?」
「おそらく……北条義時に、和田の軍の内部情報を伝えた。
本人は裏切りだと思ってなかったはずだよ。
“幕府のため” って言われて、信じてしまったんだ。」

蓮の喉が震えた。
「教頭先生みたいだ……
学校のためって言われて、本当は……」
悠夜は頷いた。
「うん。
義時の言葉に揺らいだ郎党と、
副理事長の言葉に揺らぐ教頭。
共通してるのは──
“正しいことをしたい自分” と “守りたい自分” が、
ごちゃまぜになっているところ。」
蓮は拳を握った。
「でも……その人、どうなったの?」
悠夜はゆっくりと答えた。
「生き延びたよ。
でも歴史からは消された。
名前も、功績も、裏切りの影響さえも。
まるで最初から、この世にいなかったように。」
蓮は震えた。
「教頭先生も……?」
「違うよ。教頭は生き残る。
でも “記録に残らない役割” になる。
誰かのために動いて、誰かを傷つけて……
でも歴史には何も残らない。」
蓮は胸に手を当てた。
和田の乱の影が、静かに現代へと重なっていく。
悠夜は少しだけ笑った。
悲しみと諦めと、微かな決意を混ぜた笑み。
「蓮。
歴史で起きた “ほころび” が、
また同じ場所に現れ始めたんだと思う。
でも……僕たちは止められるよ。」
蓮は真っ直ぐに返した。
「止めよう……絶対に。」
二人の足音は静かだったが、
その歩みは確かに、次の扉へ向かっていた。

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