鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(6)

重ねられた言い訳

翌日の放課後。
悠夜と蓮は昇降口で靴を履き替えながら、
今日どう動くかを短く相談した。

「蓮、今日は別々に動こう。
 僕は理科準備室のほうを見てみる。
 蓮は……教頭の周りを少し気にしておいて。」

蓮は緊張しつつも頷いた。

「うん。できるだけ……気をつける。」

二人は廊下の角で別れた。

蓮は校舎二階の渡り廊下を歩いていた。
夕陽は赤く傾き、階段の影が濃く伸びている。

そのとき──声が聞こえた。

「……はい。“点検扱い” にすれば問題ありません。」

教頭の声だ。

手すりの隙間からそっと覗くと、
教頭が電話を耳に当て、
胸には書類の詰まったクリアファイル。

「ええ、理事会の判断に従います。
 旧資料の扱いは司書に任せていますので……
 あの人は素直ですから。」

蓮は息を呑んだ。

(司書さん……利用されてる……)

教頭は続けた。

「学園の安定のためです。
 混乱が広がれば、誰も得をしませんから。」

その声は、
誰かに言われた言葉をそのまま繰り返しているように聞こえた。

電話を切ると、教頭は深く息をついた。
疲れと、わずかな恐れの混ざった表情だった。

蓮は廊下の影に身を隠したまま、
胸の奥に苦いものが広がっていくのを感じた。

合流すると、悠夜は蓮の顔を見てすぐに察した。

「蓮……何があった?」

蓮は教頭の会話をすべて伝えた。

悠夜は静かに目を閉じ、しばらく考え込んだ。
そしてぽつりと言った。

「──和田の乱でも、同じことがあった。」

蓮が顔を上げる。

「え?」

「和田三郎秀盛の近くに、“名前の残らなかった郎党” がいたんだよ。
 『吾妻鏡』には最初から存在しなかったみたいに消されてる。」

蓮は息を呑んだ。

「その人……何をしたの?」

「おそらく……北条義時に、和田の軍の内部情報を伝えた。
 本人は裏切りだと思ってなかったはずだよ。
 “幕府のため” って言われて、信じてしまったんだ。」

創作小説の挿絵

蓮の喉が震えた。

「教頭先生みたいだ……
 学校のためって言われて、本当は……」

悠夜は頷いた。

「うん。
 義時の言葉に揺らいだ郎党と、
 副理事長の言葉に揺らぐ教頭。
 共通してるのは──
 “正しいことをしたい自分” と “守りたい自分” が、
 ごちゃまぜになっているところ。」

蓮は拳を握った。

「でも……その人、どうなったの?」

悠夜はゆっくりと答えた。

「生き延びたよ。
 でも歴史からは消された。
 名前も、功績も、裏切りの影響さえも。
 まるで最初から、この世にいなかったように。

蓮は震えた。

「教頭先生も……?」

「違うよ。教頭は生き残る。
 でも “記録に残らない役割” になる。
 誰かのために動いて、誰かを傷つけて……
 でも歴史には何も残らない。」

蓮は胸に手を当てた。
和田の乱の影が、静かに現代へと重なっていく。

悠夜は少しだけ笑った。
悲しみと諦めと、微かな決意を混ぜた笑み。

「蓮。
 歴史で起きた “ほころび” が、
 また同じ場所に現れ始めたんだと思う。
 でも……僕たちは止められるよ。」

蓮は真っ直ぐに返した。

「止めよう……絶対に。」

二人の足音は静かだったが、
その歩みは確かに、次の扉へ向かっていた。