鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(5)

置き換えられた紙片

翌朝。
悠夜は、昨日 “事故報告書が丸ごと消えた” 違和感が頭から離れないまま学校へ向かった。
蓮も同じだったようで、教室に入るなり小声で言った。

「悠夜……今日、また図書室に行こう。」

「行こう。何か残ってるはずだから。」

昼休み。
図書室の扉を開けると、閲覧ブースは昨日のままロープで囲われ、机も棚も不自然な配置のままだった。
「点検」という紙は貼られていたが、どこか “片付けた跡を隠すために散らした”ようにも見えた。

蓮が呟く。

「……見れば見るほど、点検じゃなくて “目くらまし” だよね。」

「そうだね。だからこそ、何かが落ちてる。」

悠夜は返却棚に目を向け、そっと手を伸ばした。
一枚のコピー用紙が、他の資料の陰にひっそりと紛れ込んでいた。

蓮が息を呑む。

「これ……事故の記録?」

紙にはこう印刷されていた。

《備品棚の落下の可能性あり。
 原因:棚板の固定金具の損傷──》

だがその後は黒いノイズのように潰れていた。

悠夜は紙の端を指でなぞりながら言った。

「これは……差し替え作業の途中で残ったコピーだ。
 本来なら、破棄されるはずの。」

蓮は顔を上げた。

「じゃあ、棚の事故……やっぱり本当にあったんだ!」

「うん。そして、その記録を “別の書類に置き換えた” 人がいる。」

蓮が不安げに口を開きかけたその時、背後から声がした。

「返却棚は触らないでね。職員が処理するところだから。」

創作小説の挿絵

司書だった。
いつもの穏やかな声だが、その目にかすかな緊張が走った。
彼女が悪事を働いているようには見えない。
むしろ──何かに巻き込まれている表情だった。

悠夜は紙を自然に隠しながら言った。

「すみません、返却資料かと思って。」

司書は曖昧に微笑み、ふと漏らすように言った。

「最近、教頭先生から昔の書類についてよく相談されるの。
 創設のころのことなんて、私くらいしか覚えていないから……。」

言ってから、司書ははっと口を押さえた。

「……たいしたことじゃないのよ。気にしないで。」

そう言って足早に去っていった。

蓮が囁いた。

「司書さん……絶対悪い人じゃないよね。
 なんか……利用されてるって感じがした。」

「うん。本人に悪意はない。
 でも “内部の情報” を持っている。
 教頭はそこにつけ込んだんだ。」

蓮の目が大きくなる。

「じゃあ、教頭が……?」

悠夜は返却棚の奥の空箱を見つめた。

「教頭は、学校の秩序が乱れるのを嫌う。
 だから “学校のために” って言われると断れないんだ。
 でも本当は……自分の立場を守りたいだけなんだと思う。」

蓮は顔を曇らせた。

「副理事長も……?」

悠夜は静かに息を吐いた。

「 “学園の安寧のため” って言うけど……
 それは建前で、実際には自分の勢力争いを有利に進めるため。
 司書さんも、教頭も、理事会の事情なんて知らない。」

蓮はゆっくりと呟いた。

「でも……どうしてそんなことが続くの?」

悠夜はコピー紙を折りながら言った。

「和田の乱のときも、同じだったんだよ。
 義時は自分の策を、“幕府のためだ” と自分に言い聞かせていた。
 でも……本音と理屈が絡まりあって止まれなくなった。
 その中で誰かが裏切られ、誰かが消された。」

蓮は息を呑んだ。

「じゃあ……教頭が司書さんから情報を聞き出して、
 それを副理事長に渡して……
 その先に何かがある?」

悠夜は小さく頷いた。

「うん。
 誰かが “囁いた” んだよ。
 『学校のためだ』って。
 それが教頭にも、副理事長にも響いた。」

蓮は拳を握りしめた。

「悠夜の……鎌倉の祖先が?」

「たぶんね。
 和田のときに起きた “あの裂け目” が、
 いま別の形でまた開き始めた。」

悠夜は折った紙片をポケットに収める。

「これは、ただの紙切れだけど……
 誰が何を隠したのか、少しずつ見えてくるはずだ。」

蓮は緊張した顔のまま、静かに頷いた。

二人は図書室を出た。

かつて和田の時代で生じた小さなほころびが、
 今ふたたび、別の時間で形を変えて現れ始めている──
 そんな予感だけが、胸の奥に残った。