鬼を狩る子孫 第七話 北条氏の策謀(2)

事故現場の違和感

放課後の実験棟は、どこか時間が止まったように静かだった。
夕陽が傾き、廊下の床は朱色に染まっている。

「ここだよな、事故があった準備室」

蓮がつぶやき、悠夜がドアノブを押す。


軋む音とともに、冷たくこもった空気が流れ出した。

創作小説の挿絵

薄暗い室内。
棚に積もるほこり。そしてその一角に、異様なものがあった。

「……見てくれよ、この棚」

蓮が指した下段だけが、
まるで “強い力で押しつぶされたように” 湾曲している。

真衣が震える指で触れる。

「倒れた感じじゃない……誰かが押したみたい」

悠夜は床のガラス片に目を止めた。

「窓は割れてないのに……ガラスだけがある?」

(何か……普通じゃない)

そのとき、背中にぞくりと冷たい風が触れた。
風は吹いていないのに、服の裾が揺れた。

――ふっと、胸に別の時代の光景がよみがえる。

――和田合戦。

義盛の息子・義直と義重が、
将軍への “供御(くご)” の手配で些細なミスをした。

本来なら注意で済むはずの過ち。

だが北条義時は言い放った。

「これは……謀反の兆しではないか」

小さな失敗は、政治的意図によって巨大な罪へと変貌し、
和田一族は孤立していった。

悠夜は歪んだ棚を見つめ、息を呑んだ。

(……些細なほころびが、誰かの意図で “大事件” になる。
 和田氏のときも……今、ここでも……同じ構造が起きてるのか?)

胸の奥がざわついた。

「悠夜? 本当にどうしたの?」

真衣の声で我に返る。

「……いや、ただ……この事故、意図的に仕組まれた気がする」

その瞬間、棚の奥の壁に “黒い染み” が見えた。
掌ほどの大きさ。周囲だけが黒く焼けたように見える。

悠夜が手を伸ばす。

指先が触れた瞬間――
耳の奥で、かすかな囁きが聞こえた。

「……人はまた、同じ道を選ぶ……」

悠夜は反射的に手を離した。

「っ……!」

蓮と真衣が駆け寄る。

「悠夜!? 何があった?」

悠夜は震える指先を見つめながら、
その言葉の意味だけが胸に重く沈んでいた。

(……和田義盛が追い落とされた “あの道” 。
 なぜあれほど簡単に策謀にはまったのか。
 もし……和田氏の背後にも “黒い手” があったとしたら……?)

換気扇が低く唸り、影がかすかに揺れた。

三人は無言のまま準備室を後にした。

扉を閉める瞬間、悠夜は振り返る。

黒い染みは、夕陽に照らされながら
まるで“誰かの形”をかすかに象っているように見えた。