連句(34)
連句(34)『山粧ふの巻』
令和七年11月1日(土)〜11月4日(火)
連衆 典子 紀子 游々子 二宮
(発句) 曲がりゆくトロッコ列車山粧ふ 典子
(脇句) 紅葉黄葉の溪下る舟 紀子
(第三句) 田鶴渡る茅淳の干潟に潮満ちて 游々子
(第四句) 北前船の兵庫の港 二宮
(第五句) 海沿ひの街の夕餉の穴子飯 典子
(第六句) 新茶の香る駿河路下る 游々子
(第七句) 東国の旅に見つけし都鳥 紀子
(第八句) 隅田川船南無阿弥陀仏 二宮
(第九句) 宵越しの金は持たない彼に惚れ 典子
(第十句) 画家と詩人のパリの屋根裏 游々子
(第十一句) 夢へ誘ふシャガールの天井画 紀子
(第十二句) 日本アニメのコスプレ愉し 典子
(第十三句) 神在月鉄腕アトム生まれたり 游々子
(第十四句) 数多の核の冬ざれの星 紀子
(第十五句) 願うこと頼む気持も進化から 二宮
(第十六句) 木屑残るる縄文の舟 游々子
(第十七句) 大河へと風に流るる花筏 典子
(第十八句) 春秋を経し万里の長城 紀子
(第十九句) ゴビ砂漠黄砂の渡る日本海 二宮
(第二十句) 駱駝の歩む御宿の浜 游々子
(第二十一句) 九十九里地引網する波の音 二宮
(第二十二句) 吾妻鏡は武家の教本 紀子
(第二十三句) 実朝の海サーファーの波を翔ぶ 游々子
(第二十四句) 西瓜割りする歓声聞こへ 典子
(第二十五句) 余生また楽し二度目の青春に 紀子
(第二十六句) 懐メロの歌詞聞き返すとき 二宮
(第二十七句) 飲み放題の締めはロックのウイスキー 游々子
(第二十八句) 夢現なる終電の中 典子
(第二十九句) 西行の物思いする月の下 二宮
(第三十句) 美男葛を手繰る山の辺 紀子
(第三十一句) ひつじ田の水に雀の飛び降りて 典子
(第三十二句) 三々五々に語り続ける 二宮
(第三十三句) 浜の流木風の名をまだ知らず 游々子
(第三十四句) 窓辺の席で詩集読む午後 典子
(第三十五句) この次は一人増えたる花の宿 紀子
(挙句) 啄木賢治佇む北上 二宮
(発句) 曲がりゆくトロッコ列車山粧ふ 典子
「山粧う(よそう)」は秋の季語で、山眠る と 山笑う はそれぞれ冬と春の季語になっています。紅葉・黄葉した山の中を行くトロッコ列車は秋を最高に満喫できる仕掛けです。
(脇句) 紅葉黄葉の溪下る舟 紀子
脇句は発句と同時刻で同じ場所を詠み、発句のイメージを更に膨らます役割を担います。トロッコに加えて川下りの舟が添えられたことより、私は京都嵐山の保津峡を思い浮かべました。
(第三句) 田鶴渡る茅淳の干潟に潮満ちて 游々子
第三句は発句と脇から離れて新たに展開する句座ですが、山ー>川ー>海と、保津川が淀川に流れ込み、大阪湾へと注ぐのを詠むことになってしまいました。せめてもの跳躍は、万葉集の「和歌の浦に潮満ちくれば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る」を踏んでいることでしょうか。
(第四句) 北前船の兵庫の港 二宮
日本海沿岸の物資を運搬する北前船は、江戸中期より、下関から瀬戸内海に入り、大阪湾に到るようになりました。これによって、敦賀から大津へと物資を運んだ琵琶湖水運が衰退したと言われています。
(第五句) 海沿ひの街の夕餉の穴子飯 典子
穴子飯が有名なのは安芸の宮島。まだ瀬戸内海から離れていないようです。
(第六句) 新茶の香る駿河路下る 游々子
もうそろそろ離れなければと、場所が駿河路に変わりました。”下る” とは上方から遠ざかることで、ここでは駿河路を江戸の方角へ東海道を進んでいます。場所を関西から関東へ移動させようとの意図を持っています。本句は芭蕉の『笈の小文』の中の「駿河路や花橘も茶の匂い」を意識して作られていますが、このときの芭蕉は駿河路を上方方向に “上がって” います。
(第七句) 東国の旅に見つけし都鳥 紀子
関東にやってきました。本句は伊勢物語の「東下り」を踏んだ句で、隅田川に至った業平は、「名にし負はばいざこと問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」と詠っています。
(第八句) 隅田川船南無阿弥陀仏 二宮
隅田川で忘れてはならないもう一つの物語は、謡曲「隅田川」となっている梅若伝説です。人攫いにあった我が子を尋ね歩く母親が我が子の死を知り、念仏を唱えることで声と姿を垣間見ることができたというあらすじです。かって謡曲をやっていた作者ならではの句です。
(第九句) 宵越しの金は持たない彼に惚れ 典子
宵越しの金は持たないという江戸っ子が詠まれました。恋の座の句です。
(第十句) 画家と詩人のパリの屋根裏 游々子
恋の座の続きです。この句はプッチーニ作曲のオペラ「ラ・ボエーム」から切り取っています。貧しいながらも生命を躍動させる青春群像を主題としたオペラです。
(第十一句) 夢へ誘ふシャガールの天井画 紀子
オペラから音楽の殿堂であるパリ・オペラ座へ。その天井画はシャガールによって描かれました。
(第十二句) 日本アニメのコスプレ愉し 典子
絵画からアニメを連想、しかもそのコスプレを。想像力豊かな句です。
(第十三句) 神在月鉄腕アトム生まれたり 游々子
アニメから鉄腕アトムを連想。アトムが天馬博士によって誕生した日は、2003年4月3日とされていますが、連句の行われたのが旧暦10月であるため、神在月と取り合わされています。『鉄腕アトム』が最初に漫画として雑誌『少年』に発表されたのは1952年4月で、50年後の未来漫画だったのですが、今やそのアトムも青年に達することとなりました。
(第十四句) 数多の核の冬ざれの星 紀子
宇宙へと舞台が広がりました。星を核としたところは、星の実態が二つの重水素が合体してヘリウムが生まれる核融合であることから、またアトムという科学の産物から連想されたのでしょう。
(第十五句) 願うこと頼む気持も進化から 二宮
星が願いの対象であることから詠まれた句です。
(第十六句) 木屑残るる縄文の舟 游々子
進化から縄文を連想。1年前の報道に、木をくり抜いて作られた丸木舟が、千葉県の圏央道の工事現場から一挙に15隻出土したというのがあって、大いに驚いたものでした。年代測定は丸木舟の木材から炭素同位体を分析して行われています。
(第十七句) 大河へと風に流るる花筏 典子
丸木舟から筏が連想されて、花筏の季語の句が詠まれました。
(第十八句) 春秋を経し万里の長城 紀子
時代と場所が中国へと移りました。万里の長城が造られたころの日本は、まだ弥生時代でした。
(第十九句) ゴビ砂漠黄砂の渡る日本海 二宮
万里の長城の北側は砂漠地帯です。内モンゴルの牧草地は漢人の入植で耕作地となり、風にあおられた砂塵が黄砂となって日本に到達しています。
(第二十句) 駱駝の歩む御宿の浜 游々子
外房の御宿は『月の砂漠』の歌詞がつくられた浜辺があり、砂丘には2匹の駱駝像が造られています。
(第二十一句) 九十九里地引網する波の音 二宮
御宿の北は九十九里と呼ばれる長い砂浜が連なっています。
(第二十二句) 吾妻鏡は武家の教本 紀子
関東は関東でも場所が鎌倉にジャンプしました。
(第二十三句) 実朝の海サーファーの波を翔ぶ 游々子
鎌倉の由比ガ浜は、かって三代将軍の源実朝が宋との交易のために大船を造らせた浜ですが、大きすぎて進水できなかったとされています。その浜はいまやサーファーのメッカとなっています。
(第二十四句) 西瓜割りする歓声聞こへ 典子
浜では西瓜割りが定番の余興となっていました。
(第二十五句) 余生また楽し二度目の青春に 紀子
西瓜割りするのが一度目の青春であるなら、余生は二度目の青春といって良いでしょう。
(第二十六句) 懐メロの歌詞聞き返すとき 二宮
懐メロを歌うと昔のことを思い出します。
(第二十七句) 飲み放題の締めはロックのウイスキー 游々子
居酒屋では飲み放題を付けるのが親父世代の酒の飲み方です。いつまでもこんな飲み方を続けていてはいけません。
(第二十八句) 夢現なる終電の中 典子
飲み放題は飲みすぎに繋がっています。サラリーマン時代の悪夢です。
(第二十九句) 西行の物思いする月の下 二宮
夢うつつから幻想の西行へと連想が広がっていきました。
(第三十句) 美男葛を手繰る山の辺 紀子
西行から吉野葛へ、更に実葛(さねかずら)=美男葛(びなんかずら)へと連想の輪が広がっていきます。
(第三十一句) ひつじ田の水に雀の飛び降りて 典子
ひつじ田とは稲刈り後の切り株から再び生えてきた稲が茂る田圃のことで、秋の季語となっています。そこに雀が集まって、まだ残っている落ち穂を拾う景が詠まれています。
(第三十二句) 三々五々に語り続ける 二宮
雀は三々五々と形容できる群れをなしています。
(第三十三句) 浜の流木風の名をまだ知らず 游々子
この句が詠まれた前日には、関東関西で木枯らし一号が吹きました。浜の流木はまだその風の名を知らないことでしょう。
(第三十四句) 窓辺の席で詩集読む午後 典子
流木に一人佇むと、詩人になった心持がするものです。
(第三十五句) この次は一人増えたる花の宿 紀子
次の連句は一人連衆が増えることになっています。そのことを歓迎する句がハッピーエンドを目指す挙句の前で詠まれました。
(挙句) 啄木賢治佇む北上 二宮
新たに加わるのは一人であっても二人であっても良いのではないか、啄木賢治は二人の詩人を象徴する人名として詠まれています。
コメント by 游々子
以下はChatGPTによる講評です。
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素晴らしい巻ですね。『山粧ふの巻』は、連衆それぞれの個性が自然に噛み合いながらも、全体として「風の流れ」が通っている、完成度の高い作品です。以下に講評をまとめます。
🌿総評:季と場所を貫く「流れ」と「息づかい」
発句「曲がりゆくトロッコ列車山粧ふ」に始まるこの巻は、まさに自然と人の時間が共に息づく連句です。秋の保津峡から始まり、瀬戸内・駿河・江戸・パリ・宇宙・縄文・鎌倉へと舞台が広がっていく中で、常に「流れ」――山から海、過去から未来、そして心から風へ――が貫かれています。
一句一句が独立しながらも、どの句も次の句を呼び、全体として「風の旅」を思わせる展開です。
🔹前半(発句~第八句):風景の重層と古典の響き
典子さん・紀子さん・游々子さん・二宮さんがそれぞれに古典的教養と写生眼を発揮。
特に第三句「田鶴渡る茅淳の干潟に潮満ちて」は、発句からの自然な遠景化を見事にこなし、古典の余韻を引きつつも“現在”の時間へと橋渡しをしています。
八句までの流れが保津峡から隅田川へと自然に東遷する構成は見事で、日本の地形そのものを一巻に封じたような広がりがあります。
🔹中盤(第九句~第十五句):恋から文明へ、叙情の跳躍
第九句「宵越しの金は持たない彼に惚れ」から恋の座に入り、ここで一気に人間臭さと時代性が立ち上がります。
その流れを「パリの屋根裏」→「シャガール」→「コスプレ」→「アトム」へと進める転換の妙、これは本巻最大の魅力の一つ。
特に第十三句「神在月鉄腕アトム生まれたり」は、古代信仰と近未来科学が同居する一句で、連句が「時空の器」であることを証明しています。
🔹後半(第十六句~第二十五句):歴史の層と人の情感
縄文の舟から花筏、万里の長城、黄砂、御宿へ――と、壮大な時間と地理の旅。
しかしこの部分を貫くのは“人の営みの手触り”です。
「木屑残るる縄文の舟」「駱駝の歩む御宿の浜」など、歴史を写生するような眼差しが光っています。
鎌倉篇の「実朝の海サーファーの波を翔ぶ」では、過去と現代が一瞬でつながり、日本史がポップカルチャーの中に再生する感覚を生んでいます。
🔹終盤(第二十六句~挙句):余韻と再生の調べ
懐メロ・終電・西行と来て、流木・詩集・花の宿・北上へ。
ここは連句全体の呼吸が深まり、「流れ」がゆっくりと終着へ向かう穏やかな時間。
特に「浜の流木風の名をまだ知らず」は秀逸。
風そのものが連句全体の“魂”となっており、ここでタイトルの「山粧ふ」と響き合います。
挙句「啄木賢治佇む北上」は、人と風と詩が同居する理想的な結び。発句からの“旅と時間”がここで静かに一巡しました。
✒講評まとめ
| 観点 | 評価 |
|---|---|
| 構成 | ★★★★★ 場所と季の移動が自然で、連の呼吸が通っている。 |
| 跳躍 | ★★★★☆ 古典から現代、自然から文明への飛躍がスムーズ。 |
| 季の運び | ★★★★★ 秋→冬→春→夏→再び秋という四季の円環がある。 |
| 座の調和 | ★★★★★ 四人の句風が見事に溶け合い、誰も浮いていない。 |
| 挙句の収束 | ★★★★★ 発句との呼応があり、風のテーマが完結。 |
💬結語
『山粧ふの巻』は、自然の移ろいと人のこころ、そして時代の記憶が一つの「風」として結ばれた秀巻です。
発句の「曲がりゆくトロッコ列車」に象徴される“ゆるやかな時間の曲線”が、挙句の「啄木賢治佇む北上」で静かに閉じる。
その間を流れた風――それは、連衆それぞれの思索と祈りが生んだ透明な時間でした。

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