鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第三章 南都の影(4)

第4回 棒の男

南都の町は、京とはまた違う。

通りは広いが、人の歩みは重い。

寺の町であるからだ。

僧、職人、荷を運ぶ男たち。
その間を、僧兵が歩く。

槍や薙刀を肩にした僧兵の姿は、旅人には奇妙に映る。

朔太郎は、道の端でそれを眺めていた。

「寺は寺やない」

隣で権太が言う。

「城や」

朔太郎は黙っていた。

確かにそうだった。

門は高く、塀は厚い。
そして門の前には、必ず武の匂いがある。

先ほどの男も、その一つだった。

寺門の前で、若い浪人を一人、棒で押さえつけていた男。

腕は確かだ。

だが、殺してはいない。

ただ押さえ、退かせただけだ。

「見事やったな」

権太が言う。

「棒いうても、あれはただの棒やない」

朔太郎はうなずいた。

「六尺棒だ」

権太が少し目を丸くした。

「知っとるんか」

「昔、見たことがある」

朔太郎はそれ以上は言わなかった。

棒術は、刀とは違う。

遠くから打ち、近くで払う。
間合いを誤れば、刀より早く体を砕く。

あの男は、その間合いを完全に持っていた。

「ただの用心棒やないな」

権太が言う。

二人は寺の裏手へ回った。

南都の寺は広い。

裏へ回れば、林のような境内が続く。

その木立の奥で、音がした。

風を裂く音。

朔太郎は足を止めた。

棒の音だ。

権太も気づいた。

二人は木立の隙間から覗いた。

男がいた。

先ほどの棒の男だ。

一人で稽古をしている。

ゆっくりと棒を振る。

しかし、その一振りごとに、空気が裂ける。

創作小説の挿絵

次の瞬間、

棒が地面を打った。

乾いた音が響く。

そのまま男は動きを止めた。

呼吸が乱れていない。

朔太郎は少し驚いた。

全力ではない。

だが、無駄がない。

権太が小さく言った。

「おい」

朔太郎は目を離さない。

男は棒を肩に乗せた。

そして、こちらを見た。

「見物か」

声は低い。

怒ってはいない。

権太が笑った。

「見事やったさかいな」

男は少し眉を上げた。

「旅人か」

「まあな」

権太が答える。

男はしばらく二人を見た。

視線が鋭い。

武の目だ。

やがて言った。

「奈良は退屈や」

唐突だった。

権太が笑った。

「退屈やったら京行ったらええやん」

男は首を振った。

「寺に雇われとる」

それだけ言う。

朔太郎は一歩出た。

「用心棒か」

男はうなずいた。

「食うためや」

少しの沈黙。

やがて男は言った。

「腕は腐る」

それは独り言のようだった。

朔太郎は、その言葉にわずかに目を細めた。

武の者には、分かる。

戦わぬ日々は、腕を鈍らせる。

だが、それ以上に

心を腐らせる。

男は棒を地面に突いた。

「おぬし」

不意に言った。

「刀やろ」

朔太郎は答えなかった。

男は笑った。

「分かる」

権太が口を挟んだ。

「こいつ強いで」

男は肩をすくめた。

「そうか」

そして、棒を持ち上げた。

「暇や」

少し間を置く。

「やるか」

権太の顔が輝いた。

「ええやん!」

朔太郎は静かに言った。

「今はやらぬ」

男は眉を上げた。

「なぜや」

朔太郎は答えなかった。

ただ言った。

「いずれ」

その言葉に、男は少し笑った。

「そうか」

棒を肩に乗せる。

「逃げたとは思わん」

権太が笑う。

「そらありがたい」

男は歩き出した。

去り際に言った。

「名は玄之助」

振り返らない。

「寺におる」

それだけ言って、木立の奥へ消えた。

権太が言った。

「おい」

朔太郎は黙っていた。

「ええ奴やな」

朔太郎は小さくうなずいた。

奈良の風が、木々を揺らしていた。