鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第二章 洛中の渦(7)

第7回 桔梗との再会

 洛北から戻るころ、空は薄く曇っていた。

 春先の雲は低く、風は冷たい。

 朔太郎は、川沿いの道をゆっくりと歩いていた。
 霊松寺で見た巻物の文字が、まだ胸の奥に残っている。

 霧村。

 名は、残っていた。

 だが、名が残ることと、人が残ることは違う。

 考えはまとまらぬまま、橋の袂に差しかかる。

 そのとき、小さな声がした。

「……丹波の方」

 振り向く。

 桔梗が立っていた。

 嵯峨で見たときと同じ、整った身なり。だが今日は供の者はいない。手に小さな包みを抱えている。

創作小説の挿絵

「お一人ですか」

 朔太郎が問う。

「ええ。寺へ寄進の品を届けました帰りです」

 声は静かだ。

 川の水が、低く流れている。

 しばらく言葉が続かない。

 先に口を開いたのは、桔梗だった。

「あなたは、京へ何をしにいらしたのですか」

 朔太郎は、答えようとして止まる。

 城のことか。

 血のことか。

 夢のことか。

 いずれも、口にすれば軽くなる気がした。

「探しものを」

 それだけを言う。

 桔梗は、わずかに首を傾げた。

「何を」

 問いは柔らかい。

 詰問ではない。

 ただ、知ろうとする目だ。

 朔太郎は、川面を見る。

 水は絶えず流れている。

「……まだ、分かりません」

 桔梗はしばらく黙っていた。

 そして、ほとんど独り言のように言う。

「京は、探しものが見つかるところではありませんよ」

 朔太郎は顔を上げる。

 桔梗の目は澄んでいる。

「見つける前に、別のものに変わってしまうことの方が多いのです」

 風が吹き、桔梗の袖が揺れる。

 遠くで舟が岸を離れる。

 朔太郎は、何も返せない。

 桔梗は微かに笑みを浮かべた。

「失礼いたしました。余計なことを」

 軽く頭を下げ、歩き出す。

 すれ違う瞬間、衣がかすかに触れる。

 朔太郎は振り向かない。

 だが、足はしばらく動かなかった。

 探しているものは何か。

 名か。

 血か。

 城か。

 それとも。

 川の音だけが、耳に残る。