鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第三章 南都の影(2)
第2回 奈良の町
奈良の町は、京とは違っていた。
道は広くない。
だが、人の歩き方が違う。
急がない。
商人も、旅人も、どこか落ち着いている。
権太はあたりを見回した。
「寺ばっかりやな」
確かにそうだった。
町のあちらこちらに大きな屋根が見える。
塔が立ち、門があり、僧が歩いている。
だが、その僧たちは、ただの僧ではない。
腰に刀。
肩に槍。
中には弓を背負う者もいた。
権太が小さく笑った。
「京の坊主より物騒や」
通りの向こうで、鐘が鳴った。
東大寺の方角だった。
その音に合わせるように、町の人々が道を開ける。
十人ほどの僧が歩いてくる。
衣は黒い。
その下に鎖帷子がのぞいている。
僧兵だった。
朔太郎は黙って見送った。
権太が言う。
「寺の町いうても、武の匂いがするな」
その通りだった。
奈良では、寺が力を持つ。
寺は金を持つ。
そして、寺は兵を持つ。
通りの角では、商人と僧が声を潜めて話していた。
「勧進の銭が足りぬ」
「今は難しい」
「大仏殿の修理は待てぬ」
権太が耳をそばだてる。
「銭の話ばっかりや」
朔太郎は歩き続けた。
通りの先に、大きな門が見えた。
寺の門だった。
門前には人が集まっている。
怒鳴り声が聞こえた。
「だから言うとるやろ!」
若い男が三人、門の前で揉めている。
相手は一人だった。
長い棒を持った男。
六尺ほどの棒。
それを片手で持っている。
背は高い。
着ているものは粗末だが、立ち方が違う。
武の者だ。
「ここは寺だ」
男は静かに言った。
「喧嘩は外でやれ」
「何様や!」
若者の一人が飛び出した。
その瞬間。
棒が動いた。
速い。
若者の足を払う。
転ぶ。
次の瞬間、棒の先が喉元に止まっていた。
動きは一つだけだった。

若者たちは固まる。
男は言う。
「帰れ」
声は低い。
しかし、逆らえない。
三人は舌打ちして去っていった。
権太が吹き出した。
「ええ腕やないか」
男は何も言わない。
棒を肩に担ぐ。
そのまま門の中へ戻ろうとする。
その時だった。
男の視線が、ふとこちらに向いた。
朔太郎と目が合う。
一瞬。
それだけだった。
だが、互いに分かった。
武の者だ。
男は何も言わず、門の奥へ消えた。
権太が腕を組む。
「おるやないか」
にやりと笑う。
「奈良も退屈せんで済みそうや」
朔太郎は答えない。
ただ、門の奥を見ていた。
棒の男。
あの動き。
あれは、ただの用心棒ではない。
奈良の町は静かだった。
だが、その静けさの下で、力がぶつかり合っている。
寺。
金。
武。
そして――
まだ誰も知らない血が、この町に流れていた。

