鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第三章 南都の影(3)
第3回 勧進の銭
奈良の寺は、町そのものだった。
門をくぐると、広い庭があり、石畳が続く。
僧が歩き、旅人が休み、商人が声を潜めて話している。
権太は辺りを見回した。
「寺いうより市やな」
確かにそうだった。
堂の前には、銭を入れる箱が並んでいる。
勧進だった。
修理の銭を集めているのだ。
東大寺の屋根は遠くから見ても大きい。
その屋根を維持するだけでも、莫大な銭がいる。
権太が箱をのぞき込む。
「結構入っとるやないか」
「全部が寺に行くわけではない」
声がした。
二人が振り向く。
門前で見た、あの棒の男だった。
六尺棒を肩に担いでいる。
権太が笑う。
「さっきの用心棒やな」
男はうなずいた。
「用心棒、まあそんなもんや」
声は低い。
関西の言葉だった。
権太が顎を上げる。
「寺の銭、盗むやつがおるんか」
男は答えなかった。
ただ、箱を一つ指で叩く。
乾いた音がした。
「銭は人を動かす」
それだけ言った。

その時だった。
堂の奥から怒鳴り声が聞こえた。
「足りぬと言うておる!」
僧の声だった。
続いて、商人の声。
「今はどこも苦しい」
「大仏殿の修理は急ぐのだ!」
争っている。
権太が肩をすくめる。
「銭やな」
男は棒を地面に突いた。
乾いた音がした。
「奈良はな」
ゆっくり言う。
「寺の町や」
「寺は銭を集める」
「銭が動けば、人も動く」
権太が笑う。
「京と同じやないか」
男は少しだけ目を細めた。
「似とるようで違う」
そして、朔太郎を見る。
じっと。
測るような目だった。
「京は権力や」
「奈良は――」
言葉を切る。
「信仰や」
その時だった。
門の外で騒ぎが起きた。
人が走る。
声が上がる。
「盗人や!」
「勧進の銭が!」
男が動いた。
速い。
棒を握る。
門の外へ出る。
権太が笑った。
「面白なってきたな」
朔太郎は何も言わない。
ただ、その背中を見ていた。
棒の男。
あの動き。
ただの寺の番人ではない。
奈良の町は静かだった。
だが、その静けさの奥で、銭が動いている。
銭が動けば、武も動く。
そして、武が動けば――
血も流れる。
まだ誰も知らない。
この町で、もう一つの血が動き始めていることを。

