鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第二章 洛中の渦(10)

第10回 夜の京を出る

 寺の外へ出ると、夜の風が少し冷たかった。

 洛外の道は暗い。

 だが、遠く洛中の方には灯が見える。

 京は眠らない町だった。

 権太は歩きながら、腹をさすった。

「腹減ったわ」

 振り向く。

「お前もやろ」

 朔太郎は答えない。

 権太は笑った。

「さっきから黙っとるな」

 そして、ふと思い出したように言う。

「さっきの浪人、知っとるんか」

「知らぬ」

 短い返事を返す朔太郎。

「ほうか」

 権太は肩をすくめる。

「あんな奴、京にはそうおらんで」

 少し歩く。

 夜の道を、二人の足音だけが続く。

 やがて権太が言った。

「お前、京の人間やないな」

「丹波だ」

 朔太郎は言った。

「ほう」

 権太はうなずく。

「山の匂いするわ」

 そして笑う。

「わしもや」

 朔太郎は初めて権太を見た。

 確かに、山の体つきだった。

 肩が広い。

 腰が低い。

 鎖鎌が揺れている。

「山で何してた」

 朔太郎が聞く。

「百姓や」

 即答する権太。

「畑と猟や」

 そして付け加える。

「ついでに喧嘩」

 笑う。

 その笑いは軽かった。

 寺の角を曲がった時だった。

 権太が足を止めた。

「……おるな」

 振り向く。

 暗がりの向こう。

 道の端に、人影が立っている。

 あの浪人だった。

 月の光が、顔の半分だけ照らしている。

 権太は言った。

「知り合いか」

「いや」

 朔太郎は答えた。

 浪人はゆっくりと近づいてきた。

 足音はほとんどしない。

 そして、二人の前で止まる。

 視線は、朔太郎に向いていた。

 少しの沈黙。

 やがて浪人は言った。

「丹波か」

 朔太郎はうなずく。

 浪人は小さく笑った。

「……似ている」

 朔太郎の眉が動く。

「誰に」

 浪人は答えなかった。

 少し空を見上げる。

 月は高い。

「京におるだけでは」

 浪人は言った。

「何も始まらぬぞ」

 それだけだった。

 そして踵を返す。

 闇の中へ歩いていく。

創作小説の挿絵

 権太が口を開く。

「何やあれ」

 朔太郎は答えなかった。

 ただ、その背中を見ていた。

 やがて権太が言う。

「お前、行くとこ決まっとるんか」

「まだ」

 朔太郎は言った。

 権太は笑った。

「ほな、しばらく一緒やな」

 鎖鎌を肩に巻く。

「京は腹減る町や」

 そして歩き出した。

 朔太郎も歩く。

 夜の道は静かだった。

 遠く、祇園の方から太鼓の音が聞こえる。

 祭の稽古だろう。

 京の町は、また朝を迎える。

 だが朔太郎は、もう知っていた。

 この町に、長く留まるつもりはない。

 どこかで、風が動き始めていた。

 霧村の血は――

 まだ、散ったままだった。

第二章 完