連句(44)

連句(44)『蓮華田の巻』
令和8年3月11日(水)〜3月13日(金)
連衆  二宮  游々子  典子  紀子

各句のコメントは自句自解です。

(発句)    蓮華田に継ぐものありと谷の人       二宮

明石は明石川の谷、櫨谷川の谷、伊川谷と三つの谷があり、昔からの家の人も多い所です。

(脇句)    山より来たる蝶と蜜蜂           游々子

昔は田植え前の田圃には蓮華を育てて、田に鋤き込んでいたものですが、化学肥料が使われる様になって、そうした光景も無くなってしまいました。

(第三句)   遠霞岬に波の打ち寄せて          典子

海の景に移動しました。

第四句)   未来へ繋ぐ語り部活動           紀子

今日は3月11日。海へ移動したことから、東日本大震災を思い出しました。

(第五句)   かぐや姫月に帰るも寂しくて        二宮

かぐや姫は月で罪を犯し、地球に流刑、満期となって帰るとのこと。

(第六句)   霧の都の下宿に籠り            後藤

漱石の英国留学生活を題材に時間と場所を移してみました。

(第七句)   雲白く秋の真下のピトロクリ        游々子

陰鬱なロンドンを抜け出し、いっときハイランドに漱石を遊ばせてみました。

(第八句)   深き愛にて女王支え            典子

夏目漱石はヴィクトリア女王の時代に留学していたようです。ヴィクトリア女王の夫アルバート公に思いを馳せました。

(第九句)   一目惚れ何度すれども格違い        二宮

星野哲郎先生の涙ぶねのやん衆ほどの覚悟もなく、(笑)

(第十句)   昭和横丁人情溢れ             紀子

二宮さんの解説から昔を思い出し、時代は昭和ヘ移りました。

(第十一句)  志ん朝の火焔太鼓に聴き惚れて       後藤

古典落語の名人は、志ん朝で終わったと思います。昭和も一緒に終りました。

(第十二句)  江戸の響きを耳に楽しむ          二宮

いろんな打楽器がありますね。

(第十三句)  浮世絵を眺む青き眼月涼し         紀子

江戸からヨーロッパに渡った浮世絵を連想しました。

(第十四句)  百日紅の夢も百年             游々子

浮世絵が影響を与えたシュール絵の時代から百年が経ちました。

(第十五句)  ディズニーの白雪姫に魅せらるる      典子

前句の百年より、ディズニーのミッキーマウスが誕生して百年近く、白雪姫の映画が公開されて九十年になると聞いたのを思い出しました。

(第十六句)  音もきらめくボストンポップス       後藤

ディズニーと言えばアメリカ、それでなんとなくボストンが浮かびました。

(第十七句)  仁淀川瓢箪桜迷いくる           二宮

山桜、江戸ヒガン、から桜もいろんな名所ありますね。

第十八句)  弁当開く野遊びの午後           典子

子どもだけでなく、大人でも外でお弁当を食べるのは楽しいものですね。

(第十九句)  羽衣の松に波寄る日のうらら        游々子

野から浜に場を移しました。

(第二十句)  花手向けあるロシア兵墓地         紀子

私の住む南海沿線に羽衣という地名があります。その昔、羽衣伝説を思わせるような松の景勝地だったとのことです。

その羽衣駅から程近く、浜寺公園に日露戦争友好の像が建っています。

かつて浜寺公園から泉大津にかけて日露戦争のロシア兵の捕虜収容所がありました。

そして、そこで祖国ヘ帰ることのできなく亡くなったロシア兵の墓地が、私の住む泉大津にあります。泉大津の町民墓地の一劃を提供して手厚く葬ったそうです。

何度かロシア兵墓地に行った事がありますが、お花が供えられていました。

(第二十一句) 象連れて峠を越えしハンニバル       後藤

日露戦争からはるか昔の戦争場面を詠んでみました。

(第二十二句) 異邦人とはどこの国籍           游々子

ハンニバルのカルタゴから、アルジェで生を受けたアルベール・カミュを連想しました。彼の代表作の『異邦人』とは何だったのかと思ってみました。

(第二十三句) 寒燈下貪り読みし大地の子         紀子

22句から、山崎豊子の小説を思いました。

(第二十四句) 荒涼の原直くと立つ君           二宮

仰ぎみるのみです。

(第二十五句) 北前の船で栄えし港町           典子

24句の荒涼から荒波の日本海を連想しました。

(第二十六句) 意次愛すお北てふ人            後藤

平岩弓枝の「魚の棲む城」を目下読書中です。意次は北前船などを使っての蝦夷地との商品流通の活発化を図りました

(第二十七句) 激動の時代風と共に去りぬ         紀子

アメリカの南北戦争の時代の愛の物語に舞台を移しました。

(第二十八句) 読書の旅は時空遥かに           二宮

読めてない本、知らない物事ばかりで去りぬ。これ、我が事。

(第二十九句) 縄文の遺跡に出づる後の月         典子

前句の「時空遥かに」より、縄文時代に思いを馳せました。

(第三十句)  落し水して閉じる山荘           游々子

落し水とは稲穂の付いた田から水を抜くことですが、蓼科の山荘でも秋に引き上げる時は、冬場の凍結を防ぐために、水道の水抜きを行っています。

最近知ったことですが、日本人の祖先である縄文人は南方から渡って来た人達であるそうです。それが遺跡としては中部から北に偏っているのは、7300年前に鹿児島の南の海上で火山が大噴火を起こして、西日本の縄文部落が壊滅したことに依るのだそうです。

(第三十一句) 澄み渡る秋の大空八ヶ岳          後藤

八ヶ岳周辺は縄文遺跡が驚くほどたくさんあるようです。黒曜石と言う加工しやすい石がたくさん出たため、縄文時代の

工場地帯だったと言うことのようです。

(第三十二句) 道の駅まで車走らせ            典子

前句より、澄み渡る空のもと、道の駅巡りをしたいと思いました。

(第三十三句) 後の世も四季美しき国であれ        紀子

道の駅にはお米もそうですが、その季節季節の土地の新鮮な美味しそうな物が並んでます。四季ある日本だからこそ、と思います。

(第三十四句) 海空青く山は雲湧く            二宮

自然破壊を防ぐことを考えるが大切だと。言うは易し。行うは難。

(第三十五句) 遅桜筆の眠たき昼下がり          游々子

御室仁和寺の遅桜を詠みました。蕪村の「眠たさの春は御室の花よりぞ」を下敷きにしています。

(挙句)    欠ける者なき弥生の集ひ          後藤

私は先月83歳になりましたが、その私が最年少のじいさんばかり7人の集まりが今も続いております。

今後への期待を込めて詠みました。

以下はChatGPTによる講評です。


じっくり拝見しました。これは一句ずつの出来不出来だけでなく、巻全体としての運び・飛躍・気分の変化を見ていくと、とても味わいのある巻です。とくにこの巻は、身辺の実感から歴史・文学・世界・自然へと大きく往還しながら、最後にまた穏やかな「集い」へ着地しており、読む者を連れて歩く力があります。

まず全体の印象を申し上げると、
この『蓮華田の巻』は、

  • 発句脇で土着の人と自然の気配を出し
  • 早い段階で海へ開いて3.11の記憶に触れ
  • そこから文学・歴史・異国・戦争・読書・縄文・山国・現代の道の駅へと自在に移り
  • 終盤で「四季美しき国」「海空青く山は雲湧く」「遅桜」と、自然と祈りの気分を整え
  • 挙句で「欠ける者なき弥生の集ひ」と、人の和へ戻す

という構成になっています。
連句の醍醐味である**「移りゆきながら、どこか底で響き合う」**という性質がよく出ています。

以下、少し丁寧に見てまいります。


全体講評

1. この巻の長所――「世界が広い」

この巻の最も大きな長所は、視野の広さです。
蓮華田、谷、蝶と蜜蜂、岬、語り部、かぐや姫、ロンドン、ヴィクトリア女王、昭和横丁、志ん朝、浮世絵、ディズニー、ボストン、仁淀川、羽衣、ロシア兵墓地、ハンニバル、カミュ、『大地の子』、北前船、意次、南北戦争、縄文、八ヶ岳、道の駅、四季の国、御室の遅桜……。

これだけ広く飛びながら、単なる雑学の羅列にならず、
**「人の営み」「記憶」「文化の継承」**という背骨が通っています。
この背骨があるので、読者は遠くまで連れていかれても不安になりません。

2. この巻のもう一つの長所――「重い主題を抱え込みすぎない」

第四句「未来へ繋ぐ語り部活動」、第二十句「花手向けあるロシア兵墓地」、第二十三句「寒燈下貪り読みし大地の子」、第三十三句「後の世も四季美しき国であれ」など、重い主題がいくつも出てきます。
けれども、この巻はそれに呑み込まれません。理由は、適度なところで

  • かぐや姫
  • 志ん朝
  • 浮世絵
  • ディズニー
  • 野遊びの弁当
  • 道の駅

など、生活や芸能や遊びの気分が差し込まれているからです。
この軽みはとても大切です。重いものを出すほど、連句では軽みが必要になります。その調整が比較的うまくできています。

3. 一方で課題――「説明が句の外まで膨らみやすい」

今回の巻は、各句の背景説明を読むとたいへん面白く、知的でもあります。
ただし、巻そのものとして見ると、ところどころで句が説明を背負いすぎている箇所があります。
連句は、背景知識がなくても、句面だけである程度の気配が立つことが望まれます。今回の巻では、

  • 第四句
  • 第八句
  • 第二十句
  • 第二十二句
  • 第二十六句
  • 第三十三句

あたりに、やや「意味」が前へ出すぎる感じがあります。
もちろん、それが悪いというのではありません。ただ、連句としてのふくらみを考えると、言い切りを一歩ゆるめるだけで、ぐっと余情が出る箇所がいくつかあります。


表と裏の主題

この巻には、表向きには「季節と文化の遍歴」があります。
しかし裏では、もっと一貫して

継承されるもの/失われるもの/それでも繋いでゆくもの

が流れています。

  • 発句「継ぐものあり」
  • 第四句「未来へ繋ぐ語り部活動」
  • 第十四句「百日紅の夢も百年」
  • 第二十八句「読書の旅は時空遥かに」
  • 第三十三句「後の世も四季美しき国であれ」
  • 挙句「欠ける者なき弥生の集ひ」

これらは巻の遠い場所に散らばっていますが、響き合っています。
このため、巻全体に祈りと継承の気分が通っています。
私はここを、この巻のいちばん美しいところだと思います。


起承転結の見方

起(発句〜六句)

発句・脇句は非常に良い入りです。

蓮華田に継ぐものありと谷の人
「継ぐものあり」がまずよいです。単に景ではなく、人の生活史が入る。しかも「谷の人」で土地の重みが出る。発句として、人と土地が結ばれており、巻の根を作っています。

山より来たる蝶と蜜蜂
脇は発句の蓮華田に対して、生きものを呼び入れ、景を動かしています。「山より来たる」が立体感を生み、谷・田・山の地形も響きます。柔らかく、たいへんよく付いています。

遠霞岬に波の打ち寄せて
ここで海へ出たのも自然です。内陸の田から海への移動に無理がない。句そのものも素直で、巻の見通しを広げています。

未来へ繋ぐ語り部活動
句意はよく分かり、3月11日との響きも切実です。ただ、連句としてはやや説明語・抽象語が前に出る感じがあります。「未来へ繋ぐ」「語り部活動」は意味が明確すぎて、余白が少ない。ここは巻の主題に関わる大切な句なので、その真摯さはよく伝わるのですが、句としては少し散文寄りです。

かぐや姫月に帰るも寂しくて
ここで神話的・物語的な飛躍を入れたのは良い転換です。前句の震災の重さを、別の位相に移している。ただ、「寂しくて」はやや説明的で、読み手の感情を先回りする感じがあります。けれど、前句から気分をやわらげる役目は果たしています。

霧の都の下宿に籠り
これはかなり面白い付けです。かぐや姫から急転して漱石のロンドンへ行く飛躍が、連句らしい。しかも「月に帰る」→「霧の都」と、どこか冷たい光の系譜があり、まったく無関係にはなっていません。六句目として効いています。


中盤前半(七句〜十四句)

文学・帝国・芸能・異文化の流れ

雲白く秋の真下のピトロクリ
地名が効いていますね。固有名詞が出ると巻が急に具体性を持ちます。しかも「雲白く秋の真下」が美しい。ただ、「ピトロクリ」は読み手にとって馴染みが薄いので、句面だけでは少し引っかかる可能性があります。とはいえ、連句にはこういう異質な固有名も時に効きます。

深き愛にて女王支え
アルバート公を思ったという背景は面白いのですが、句としてはやや観念的です。「深き愛」「支え」が抽象的で、気配が立ちにくい。ここは中七下五にもう少し像があると、さらに良かったと思います。

一目惚れ何度すれども格違い
ここで急に人間くさくなるのが良いです。しかも「格違い」が洒脱で、少し自嘲もある。連句の中盤にはこういう人間味が欲しい。とても効いています。

昭和横丁人情溢れ
前句の恋愛的な身の丈感から昭和横丁へ行くのも自然です。ただ、「人情溢れ」はやや決まり文句ふうでもあります。雰囲気はよく出ています。

志ん朝の火焔太鼓に聴き惚れて
これは良い句です。志ん朝という固有名と「火焔太鼓」の取り合わせで、昭和の芸の空気が一気に立ちます。「聴き惚れて」もここでは素直に効いています。

江戸の響きを耳に楽しむ
前句を受ける役割はよく果たしていますが、やや説明的です。ただ、「耳に楽しむ」は落語から音曲・鳴物へと広げる働きがあり、流れは滑らかです。

浮世絵を眺む青き眼月涼し
たいへん良い句だと思います。「青き眼」が利いており、異国人が浮世絵を見る構図が一目で立つ。「月涼し」も効いています。文化の受容史が一瞬で景になる、優れた句です。

百日紅の夢も百年
この句はおもしろいのですが、少し難しい。百日紅の長い花期と「百年」との響き合いはある一方、「夢も百年」がやや観念に寄り、前句の具体像から少し浮いた感じもあります。ただ、時の推移を一挙に持ち込む働きは大きいです。


中盤後半(十五句〜二十四句)

アメリカから仁淀川、羽衣、ロシア兵墓地、ハンニバル、カミュ、大地の子へ

ここはこの巻の最も大胆な飛躍の連続で、読み応えがあります。

ディズニーの白雪姫に魅せらるる
素直でよいです。句材も広く親しまれていて、巻が明るくなります。

音もきらめくボストンポップス
これも明るい。音楽句として華やかです。ただ、ディズニーからボストンポップスへの付けは、感覚的には分かるものの、やや連想の橋が細い印象もあります。けれど、連句ではこういう飛躍も歓迎されます。

仁淀川瓢箪桜迷いくる
ここは美しい転換です。アメリカから一気に日本の山里へ戻る。その落差がいい。「迷いくる」によって、名所案内に終わらず、身体感覚が入っています。

弁当開く野遊びの午後
よく付きます。桜から野遊びへ、自然で、しかも伸びやかです。

羽衣の松に波寄る日のうらら
これはとてもよい句です。のびやかで、光がある。「日のうらら」がよく効いています。十八句から十九句への景の移動も無理がありません。

花手向けあるロシア兵墓地
この句は重いですが、前句の明るさから切り替える力があります。しかも「羽衣」という美しい地名から、同じ土地に刻まれた戦争の記憶へ向かう転換が深い。ただ、句としてはやや叙述的で、背景説明があっていっそう効くタイプです。句面だけなら、もう少し景の具体があるとさらに強くなったかもしれません。

象連れて峠を越えしハンニバル
よく飛びました。戦争という一点でつなぎながら、時代も地域も大きく変える。こういう飛びは中盤の活力になります。

異邦人とはどこの国籍
問題意識としては面白いのですが、句としてはかなり散文的・評論的です。「とはどこの国籍」が問いの文になっており、連句のリズムが少し止まります。ここは発想はよいので、もう少し像を持たせられると、かなり強い句になったと思います。

寒燈下貪り読みし大地の子
これはよいですね。前句の問いの抽象性を、読書の実感に引き戻しています。「寒燈下」「貪り読みし」に熱があります。

荒涼の原直くと立つ君
前句からの余韻を受けて、大地に立つ人物像へ移したのは良いです。「直くと立つ君」がまっすぐで、気持ちが良い。ただ、「君」がやや観念的で、誰とも取れるぶん、読む人によっては掴みどころが薄いかもしれません。


後半(第二十五句〜第三十四句)

歴史・読書・縄文・山国・現代日本へ

このあたりは、知的な巻としての性格がもっともよく出ています。

北前の船で栄えし港町
歴史の匂いがよく出ています。前句の「原」から日本海の港へ移すのも面白い。

意次愛すお北てふ人
ここは句材として面白いのですが、やや知識を要するため、句面だけでは少し閉じます。ただ、連句は仲間内の教養や興味が滲んでよいものでもあるので、これはこれで一興です。

激動の時代風と共に去りぬ
これは題名の借り方も分かりやすく、時代の転換を担う句として働いています。

読書の旅は時空遥かに
この句はこの巻の性格をよく言い当てています。やや総括的ではありますが、巻全体がまさにそういう運びなので、よく響きます。

縄文の遺跡に出づる後の月
美しい句です。「縄文の遺跡」と「後の月」の取り合わせに時間の深みがあります。歴史と季節がよく出会っています。

落し水して閉じる山荘
とてもよいです。具体性があり、生活感があり、しかも「縄文」から一足飛びに現代の山の暮らしへ寄せることで、時間の厚みが逆に立つ。「閉じる」がよく効いています。

澄み渡る秋の大空八ヶ岳
雄大でよい句です。山荘から八ヶ岳へ視界が開くのも自然です。

道の駅まで車走らせ
この現代感が面白い。大空・八ヶ岳のあとに「道の駅」を出すことで、景が観光的というより生活圏へ戻ります。

後の世も四季美しき国であれ
これは願いの句ですね。真情はたいへんよく分かります。ただ、句としてはかなり直接的です。願いがそのまま言葉に出ており、連句の中では少し標語に寄る危険もあります。とはいえ、終盤でこういう祈りが出ることには意味があります。

海空青く山は雲湧く
前句の願いを自然景に受けていて、よい収め方です。言葉の素直さもよい。ここで説理を景に戻したのは成功です。


終盤(第三十五句・挙句)

終わり方がよい

遅桜筆の眠たき昼下がり
これは好きな句です。御室仁和寺と蕪村を踏まえていても、句が衒わない。「筆の眠たき」がたいへんよい。終盤にこの柔らかさが入ると、巻がほぐれます。

欠ける者なき弥生の集ひ
挙句としてよくできています。
連句の終わりは、壮大な理念で締めるより、人の顔が見えるところへ戻るのがよいことが多い。その意味で、この句はとてもよいです。「欠ける者なき」が、単に人数が揃ったという以上の響きを持っています。ここまでの「継ぐもの」「語り部」「花手向け」「後の世も」という流れを受けて、最後に生きて集えることのありがたさへ戻る。温かく、よい挙句です。


とくに良いと思った句

私がとくに強く惹かれたのは、次の句です。

  • 蓮華田に継ぐものありと谷の人
    発句として、人・土地・継承が立っている。
  • 山より来たる蝶と蜜蜂
    脇として柔らかく、生きものの気が通う。
  • 浮世絵を眺む青き眼月涼し
    文化交流が一瞬で景になる。
  • 仁淀川瓢箪桜迷いくる
    名所句でありながら身体感覚がある。
  • 羽衣の松に波寄る日のうらら
    明るく、景が大きい。
  • 縄文の遺跡に出づる後の月
    時間の深みが美しい。
  • 落し水して閉じる山荘
    実感があり、季感と生活感がよく合う。
  • 遅桜筆の眠たき昼下がり
    終盤のやわらかな緩みとして秀逸。
  • 欠ける者なき弥生の集ひ
    挙句として温かい。

少し気になった句

ここは率直に申し上げますが、傷というより改良の余地です。

  • 未来へ繋ぐ語り部活動
    志は尊いが、やや説明的。活動名に近い響きがある。
  • 深き愛にて女王支え
    抽象度が高く、像が立ちにくい。
  • 異邦人とはどこの国籍
    問いの形が評論的で、連句の流れがやや止まる。
  • 後の世も四季美しき国であれ
    願いが直截で、やや標語的になりやすい。

こうした句が悪いのではありません。
むしろこの巻では、そういう**「意味の強い句」**がところどころにあることで、巻に思想性が出ています。
ただ、連句としてのしなやかさを優先するなら、意味を一歩引いて景に寄せる工夫があると、さらに上質になったと思います。


巻全体の性格

この巻は、たとえば古風な式目に厳密に従って技を競う巻、というよりは、
現代の連衆それぞれの関心・記憶・読書・旅・土地の実感を持ち寄って織った巻です。
そこにこの巻の良さがあります。

とくに、

  • 明石の谷
  • 3月11日の記憶
  • 羽衣とロシア兵墓地
  • 縄文と八ヶ岳
  • 道の駅
  • 弥生の集い

など、日本の具体的な土地感覚が随所にあり、巻を空中分解させていません。
世界へ飛ぶが、最後は土地と人に戻る。
これは游々子さんたちの連句らしい、地に足のついた知的な遊びだと感じました。


総評

『蓮華田の巻』は、
継承・記憶・文化・読書・歴史・自然を大きく往還しながら、
最後に「欠ける者なき弥生の集ひ」へ帰ってくる、
温かく、広がりのある巻です。

細部にはやや説明的な句もありますが、それを補って余りあるだけの

  • 発句脇の安定
  • 中盤の大胆な飛躍
  • 終盤の自然への回帰
  • 挙句の人の和

があります。
一巻として見て、読後に“よく旅をした”という感じが残る、よい連句でした。