鬼を狩る子孫 第五話 いじめ(3)
封(ふう)
放課後の教室は、昼間のざわめきが嘘のように静まり返っていた。
机の上にはプリントの山と、折れた鉛筆の芯。
夕陽が窓の桟に斜めの影を落としている。
悠夜は窓際の席に腰をおろし、
昼間の出来事を反芻していた。
真衣の机の下の紙切れ。
あの瞬間の川村先生の笑顔――あれは、ただの無関心だったのか。
職員室から聞こえる話し声が、廊下の奥で反響している。
扉が開き、川村が出てきた。
いつもより少し疲れた表情をしている。
悠夜が立ち上がった。
「先生……真衣さんのこと、見てましたよね」
川村は一瞬だけ言葉を止め、苦笑した。
「悠夜くん、君は優しいね。でもね、学校ってのは、いろんな子がいるから」
「それで、放っておくんですか?」
「放ってるわけじゃない。ただ――下手に動くと、もっと悪くなるんだ」
その言葉に、悠夜は胸の奥で何かが音を立てた。
“悪くなる” ――それは昨日、嵐山が言っていた言葉と同じだった。
けれど意味はまるで違う。
川村はため息をつき、廊下の向こうに去っていった。
残された悠夜は、閉じられた扉を見つめた。
その扉の向こうには、誰も責任を取らない空気だけが漂っている。
翌朝、嵐山が教室を訪れた。
授業の始まる前だった。
生徒たちはざわめきを止め、見慣れぬ来客に目を向ける。
「おう、ちょっと話してええか」
嵐山は黒板の前に立ち、腕を組んだ。
灰色の背広の袖口が少しほつれている。
「昨日な、先生方のとこで話してきたんや。
“空気がこもっとる教室には、風を入れなあかん” てな」
誰も返事をしない。
真衣は顔を上げかけたが、またノートに視線を戻した。
嵐山は黒板にチョークで一文字だけ書いた。
――「封」
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「ここにおる全員、心に何かを“封じ”とらんか?
言いたいこと、伝えたいこと、見て見ぬふりしてること……。
封じたままにしとくと、腐ってまうんや」
その声は静かだったが、教室全体が少し震えたように感じた。
悠夜は蓮と目を合わせた。
黒板の「封」という文字が、じわりと滲むように見えた。
そのとき、窓の外を一羽の黒い鳥が横切った。
影が一瞬、教室をなぞる。
誰も気づかなかったが、
その影はまるで、何か古い封印を解くように
教室の空気をわずかに動かしていた。

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