鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第三章 南都の影(1)
第1回 大和路
京を出ると、道は急に静かになった。
人の流れは奈良へ向かう者と、逆に都へ向かう者とに分かれる。
大和へ下る道は、山の裾を縫うように続いていた。
春はまだ浅い。
野の草は短く、ところどころに霜の跡が残っている。
権太は大きく伸びをした。
「京より、こっちの方がええわ」
そう言って、肩に巻いた鎖を鳴らした。
「人が多すぎるんや、あそこは」
朔太郎は答えない。
ただ歩く。
道は古かった。
石仏がところどころに立ち、苔をまとった地蔵が道の脇に並んでいる。
旅人は少ない。
炭を背負った百姓が一人、追い越していっただけだった。
昼を過ぎたころ、丘の上に出た。
視界が開ける。
大和の盆地だった。
田はまだ水を張っていない。
村の屋根が点々と並び、その向こうに、黒く大きな屋根が見えた。
権太が目を細める。
「あれか」
朔太郎も立ち止まった。
遠い。
しかし、それでも分かる。
普通の寺ではない。
屋根の大きさが違う。

「東大寺や」
すれ違った旅人が言った。
「南都の大仏殿や」
権太は口を開けた。
「……でかすぎやろ」
旅人は笑った。
「初めてか」
権太はうなずく。
「京よりでかいもんがあるとは思わんかった」
旅人は歩き去った。
朔太郎はしばらくその屋根を見ていた。
戦で焼けた都。
それでも京は賑わっている。
だが、奈良は違う。
静かだ。
古い。
そして、何かが残っている。
歩き出す。
道はゆるやかに下り、大和の村々の間を通っていく。
やがて奈良の町が近づいた。
最初に見えたのは寺だった。
大きな門。
僧が出入りしている。
だが、ただの僧ではない。
腰に太刀を差している。
権太が眉を上げた。
「坊主が刀差しとる」
門の脇では、棒を持った男が二人の若者を押し返していた。
「ここは寺だ」
低い声だった。
「喧嘩は外でやれ」
棒は長い。
六尺ほどある。
男はそれを片手で軽く扱っていた。
若者たちは舌打ちして去る。
権太が小さく笑った。
「おるやないか」
朔太郎は何も言わない。
ただ、その男を見ていた。
侍の立ち方だった。
しかし、着ているものは僧でも武士でもない。
用心棒。
そんな言葉が浮かぶ。
男は棒を肩に担ぎ、門の中へ戻ろうとしていた。
その時、ふとこちらを見た。
一瞬だけ。
視線が合う。
男の目は鋭かった。
しかしすぐに逸れる。
何も言わず、門の奥へ消えた。
権太が腕を組んだ。
「面白い町やな」
奈良の町は、まだ昼だった。
だが空気は、どこか張りつめていた。
寺の鐘が遠くで鳴る。
その向こうに、東大寺の屋根が見えている。
朔太郎は歩き出した。
奈良は、静かな町だった。
だが、その静けさの奥で、何かが動いている。
まだ誰も、それを知らない。

