鬼を狩る子孫 第六話 不正入試(9)

風の行方

秋の終わり、校庭の銀杏がすっかり葉を落としていた。
 裸になった枝の向こうに、冬の青空が透けて見える。
 校舎の廊下には、張り替えられた掲示物と、
 どこか新しい空気の匂いが混じっていた。

 不正入試の件は新聞に取り上げられてから数週間。
 理事会では調査委員会が設置され、副理事長は辞任した。
 教頭は減俸・謹慎処分。
 そして、不正により入学した生徒――今井俊哉の父親は企業からの寄付を取り消し、
 学校側も自主退学を受け入れる形で決着した。

 俊哉はすでに、別の学校への編入を準備しているという。
 「すまない、俊哉」
 父親がそう言ったとき、
 少年はただ、無言でうなずいたという。


 昼休み。
 悠夜たちは中庭のベンチに集まっていた。
 真衣は温かい紅茶を両手で包み、
 蓮はその湯気の向こうで空を見上げていた。

 「……あの風、覚えてる?」
 悠夜の問いに、真衣は微笑んだ。
 「 “止まってた風が動いた” って、先生が言ってたときの?」
 「うん。あのときは正直、何のことかわからなかった」
 悠夜は小さく息をついた。
 「でも今なら、ちょっとわかる気がする。
  誰かが声を上げた瞬間って、
  空気が少しだけ変わるんだな」

 蓮がうなずく。
 「風って、誰かが吹かせるもんじゃないよね。
  止まってた心が動いたときに、勝手に起こる」
 「そうだな」
 悠夜は言いながら、風に揺れる校旗を見上げた。

創作小説の挿絵

 一方、職員室。
 嵐山は机の上の新聞を見つめていた。
 見出しの下には、“匿名の通報により不正が発覚” の文字。
 ふと、窓の外から笑い声が聞こえた。
 中庭で風に吹かれる生徒たちの姿が見える。
 悠夜たちのグループだ。

 嵐山は、ほっとしたように笑った。
 「……風は、ようやく届いたか」

 そのとき、神原が職員室の入口に立っていた。
 「先生」
 嵐山が顔を上げる。
 神原は少し緊張した面持ちで言った。
 「俺、もう一度、真衣に謝りました。
  “ごめん” じゃなくて、“ありがとう” って言いました」
 嵐山の目が細くなった。
 「ええ言葉や。
  “ごめん” は過去に向かうけど、“ありがとう” は未来に向かう」
 神原は静かにうなずいた。


 放課後。
 悠夜と蓮は廊下を歩きながら、
 掲示板に貼られた校長の通達を目にした。
 《今後、入試の透明化を進めるため、外部監査を導入します》

 「これで、少しは変わるのかな」
 蓮のつぶやきに、悠夜は答えた。
 「すぐには無理かもしれない。
  でも、あの風が吹いたんだ。
  あとは、みんながそれを止めないことだと思う」

 窓の外を風が通り抜け、
 夕陽の光が廊下を金色に染めた。


 夕方。
 嵐山は職員室を出て、校舎裏の銀杏の下に立った。
 冷たい風が頬をかすめる。
 彼はポケットから折りたたんだ新聞を取り出し、
 その一角をもう一度見つめた。

 ――『ある関係者より』。

 嵐山は目を閉じ、
 その匿名の送り主に心の中で頭を下げた。

 「よう吹かせてくれはった。
  ……ほんま、ええ風や」

 空は茜に染まり、
 銀杏の最後の一枚が、ひらりと風に乗って舞い上がった。

第六話 完