鬼を狩る子孫 第六話 不正入試(8)

父の決断

放課後の校庭には、冬の名残のような風が吹いていた。
 悠夜と蓮、それに大地の三人は、校舎裏のベンチに腰を下ろしていた。
 空は薄く曇り、陽の光が地面の砂に淡くにじんでいる。

 「……先生、理事会で結構言ったらしいな」
 蓮が言った。
 「 “風を止めるな” ってさ。父さんが新聞で見たって言ってた」

 悠夜はうなずいた。
 「でも、あの人、ひとりで戦ってる。
  俺たちが何か言っても、子どもの意見なんて通らない」

 大地は黙って靴の先で砂を蹴った。
 「……でも、誰かが言わなきゃ、ずっと同じだよ」
 その声には、何かを決めたような響きがあった。


 その夜。
 田野倉家の食卓には、味噌汁と焼き魚が並んでいた。
 テレビのニュースが小さく流れている。
 大地の父・田野倉は、箸を置いて画面を見た。

 『――私立学校の理事会で入試不正をめぐる内部告発が……』

 「……おい、この学校って、おまえのとこだよな」
 「うん」
 「なあ、大地。先生方が何か揉めてるのか?」

 大地は箸を止めたまま、俯いた。
 胸の奥がざわついていた。
 嵐山の「風が止まっとる」という言葉がよみがえる。

 「……お父さん」
 「ん?」
 「学校でね、入試のことで……変なことがあるんだ。
  予備校と繋がってるとか、点をいじったとか……」

 田野倉は息をのんだ。
 箸を置き、まっすぐ大地を見た。
 「それ、誰が言ってた」
 「先生も……多分、知ってる。でも何も言えないんだ」

 父の目が、かすかに揺れた。
 「……そうか」

 夜、作業場の蛍光灯がぼんやりと揺れていた。
 田野倉は、古びたノートパソコンを開く。
 画面の光が油に染みた手を照らしていた。
 いつもは工事の見積書を書くその指が、
 いまは慎重に文字を打ち込んでいる。

創作小説の挿絵

 教育とは、子どもの努力が正当に報われることで成り立つものです。
 しかし、いまこの学校で行われている入試では、
 一部の受験生に「寄付」や「特別支援」といった名目で、
 不正な点数操作が行われています。

 その結果、本来合格すべき子どもが落とされ、
 権力や金を持つ者がその席を奪っています。
 ――これを教育とは呼べません。

 子どもたちは努力を信じて学んでいます。
 教師が黙り、理事が目を背け、
 大人たちが「仕方がない」と呟くたび、
 その信頼は少しずつ壊れていく。

 もし正義を語る者が沈黙するなら、
 子どもたちは何を信じて成長すればよいのでしょう。

 私は現場を知る者として、このまま沈黙を続けることはできません。
 添付した資料は、実際の見積書と入試データの改ざん記録です。
 どうか、真実を確かめてください。

 ――未来に恥じない決断を。

                ある関係者より


 印字された文面を読み返し、田野倉は静かに保存ボタンを押した。
 プリンターが低く唸り、紙を吐き出す。
 それを封筒に入れ、宛名に「学校法人理事会 御中」とだけ書いた。
 差出人欄は空白のまま。

 画面の電源を切りながら、彼はつぶやいた。
 「……子どもらの顔を、もう裏切られへん」

 工場の外では、夜風が鉄骨を鳴らしていた。
 それはまるで、誰かが後押ししてくれるような音だった。


 数日後、理事会の机上に封筒が届いた。
 同時に、地元紙の記者クラブにも同一文面の文書と資料が送られていた。

 『私立校入試に不正の疑い 点数改ざんを示す記録』

 会議室にざわめきが走る。
 副理事長は顔をこわばらせ、校長と教頭が互いに視線をそらした。

 嵐山は新聞を手に取って読み、静かにたたんだ。
 「……やっと吹いたか、ええ風が」

 窓の外では、銀杏の葉がきらめきながら風に散っていた。
 その葉音は、まるで何かが浄化されていくようだった。