鬼を狩る子孫 第六話 不正入試(7)

理事会の壁

 理事会室は、分厚いカーテンで外光を遮られていた。
 長机の上には、理事長名義の議事資料が並び、
 誰もが紙をめくる音さえためらっていた。

 副理事長がゆっくりと眼鏡を外し、
 「――この件は、内部で処理する。これ以上の波風は立てぬこと」と言った。

 その一言で、空気が一段重くなる。
 校長が小さくうなずき、教頭は汗を拭いた。
 その沈黙の中で、嵐山が口を開いた。

 「……ひとつ、確かめてええですか」

 副理事長が眉を上げた。
 「なんだね」

 「 “処理” って、どういう意味です?」
 「当然、事実を整理し、混乱を鎮めるという意味だ」
 「それは、子どもらにとっても “整理” になるんですかね」

 部屋が一瞬、静まり返った。

 「先生、いまは大人の判断を問うている。
  感情論ではない」と、副理事長。

 嵐山はうなずいた。
 「そうですな。けどな、教育の現場で起きたことを “処理” で終わらせたら、
  それは教育やなく、隠蔽です。
  あの子らは、見てます。誰が何を言うて、何を黙るかを。」

創作小説の挿絵

 副理事長は口を結んだ。
 「……先生、学校を守るのが我々の仕事だ」

 嵐山は、少し笑った。
 「ええ、けど守るもんを間違えたら、子どもの心が壊れます。
  風が止まると、教室の空気は淀む。
  その匂いは、子どもが一番先に気づくんです。」

 副理事長は不快そうに視線を逸らした。
 「あなたのような理想主義では、組織は持たん」
 「理想主義やなくて、職業倫理の話です。
  僕ら教師は、子どもの前で “正しい顔” をし続ける責任がある。
  その顔が一度でも嘘をついたら、
  どんな授業をしても、もう届かんのです。」

 その言葉に、校長が目を伏せた。
 誰もが言葉を失っていた。

 嵐山は軽く頭を下げ、
 「以上です。ご静聴ありがとうございました」と言って部屋を出た。

 ドアが閉まった瞬間、
 副理事長は深く息を吐いた。
 「……風を止めるな、か。詩人め」

 だが、残された沈黙の中で、
 誰もがその言葉を心のどこかで反芻していた。


 夕方、校庭のベンチで悠夜と蓮が待っていた。
 嵐山がやってくると、二人は駆け寄った。

 「先生、どうなったんですか」
 「壁は高かったな」
 嵐山は笑った。
 「けど、壁があるって分かっただけでも、進歩や。
  あとは、どう越えるか考えたらええ。」

 悠夜がつぶやいた。
 「風が止まってる場所、ってことですか」
 嵐山はうなずいた。
 「そうや。けど、止まってる風は、誰かが歩けばまた動き出す。」

 その言葉に、銀杏の葉が一枚、ゆっくりと落ちてきた。
 蓮がそれを手で受け止めた。

 風が、ほんのわずかに戻ってきた。

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