鬼を狩る子孫 第六話 不正入試(6)

黒幕の影

 午後の理事会室には、秋の日差しが斜めに差し込んでいた。
 カーテンの隙間から射す光が、長机の上の水差しを照らし、
 会議の空気をわずかに濁らせていた。

 副理事長は、銀縁の眼鏡を指で押し上げながら、
 配布された資料の束を軽く叩いた。
 「今年の入試結果は、例年よりやや波があるが――」
 彼の声は低く、部屋の空気を支配するようだった。

 校長と教頭は、端の席で神妙にうなずいている。
 どちらも、資料に目を落としながら、言葉を選んでいた。

 「……特に問題はございません。
  成績上位者の中に、例外的な加点が数件ありましたが、
  基準の範囲内かと」
 教頭が声を絞り出すように言う。

 副理事長は、微かに笑った。
 「 “範囲内” ――便利な言葉だね。
  教育とは、数字の上に立つ理想であって、
  数字の下に沈む現実ではない。そう思わないかね?」

創作小説の挿絵

 校長が口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。
 副理事長は、窓の外を見やりながら続けた。
 「この街には、有力な支援者が多い。
  その方々の信頼を得ることが、学校を守ることに繋がる。
  子どもたちの未来を支えるのは、きれいごとだけではないんだよ。」

 その瞬間、部屋の空気が重く沈んだ。
 誰もがそれが “弁明” ではなく “命令” であることを感じ取っていた。

 ――そのとき、机の下で風が揺れた。
 カーテンが静かに膨らみ、誰も触れていないのに資料の端がめくれた。

 副理事長の影が壁に伸び、その中に、
 もうひとつ別の影が重なった。
 それは、角のように突き出た形をしていた。

 「……あのときもそうだったな」
 低い声が、彼の耳の奥で囁いた。
 ――「寄付金で理科棟を建てた。あれも “悪” か?」
 副理事長の眉がぴくりと動く。

 「君は正しい。
  教育に金が要ることを、誰も認めようとしない。
  清廉ばかりが正義だと思っている。
  だが、人を動かすのは理想ではなく、利益だ。」

 その声は、彼の内から響いていた。
 「私は正しい」――その言葉を、
 彼自身が口にしたのか、影が言ったのか分からなかった。

 やがて、会議は形式的な拍手で終わった。
 副理事長は立ち上がり、
 誰にも聞こえない声で呟いた。

 「理想は風。現実は石だ。
  風では校舎は建たん」

 その言葉に、背後の影がゆらりと笑った。


 放課後、嵐山は校舎裏のベンチに腰を下ろし、
 沈む夕陽を見つめていた。

 悠夜がやって来て言った。
 「先生、やっぱり誰かが裏で点を動かしてます。
  でも、どうしてそんなことを……?」

 嵐山は、ポケットからタバコを取り出しかけ、
 思い直して手の中で握り潰した。
 「人はな、守ろうとするときにいちばん嘘をつくんや。
  守るもんが “自分の椅子” になったら、
  その嘘は、いつか鬼になる。」

 悠夜は言葉を失った。
 風が二人の間を通り抜け、
 遠くで銀杏の葉がはらはらと散った。

 嵐山はその音を聞きながら、小さく呟いた。
 「ほんまの黒幕は、人やのうて――欲や。」

連句

次の記事

連句(36)