鬼を狩る子孫 第六話 不正入試(4) 

沈黙の教頭

 翌日の午後。
 廊下の窓から差し込む光が、職員室の床を斜めに横切っていた。
 その光の端に、嵐山が立っていた。
 古びたスーツの裾を軽く払って、静かに教頭に近づく。

 「教頭先生、ちょっとええですか」
 「なんですか、嵐山先生。会議なら夕方からです」
 「いえ、会議の前に風通しを良くしておきたくてな」

 教頭は眉をひそめた。
 「風通し?」
 「ええ。どうもこの学校、最近 “風” が通らんようで。
  点数の帳尻合わせに、理事会の風が吹き込んできとるらしいですな」

 教頭の顔に、わずかな影がさした。


 「根拠のない話を口にするものではありません」
 「そらそうや。けど、風っちゅうのは、目に見えへんもんです。
  吹いてきたあとに、カーテンが揺れて気づく。
  ……今、そのカーテンが動いとる気がするんですわ」

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 教頭は机の書類を整えながら、低く言った。
 「理事会の決定に異を唱えるのは、あなたの立場ではないでしょう。
  あくまで教育現場は現場。判断は上が行うことです」

 嵐山はゆっくりと笑った。
 「上と下の間に、風が吹くんです。
  風が止まれば、空気が腐る。
  生徒の心も同じや。上から押さえつけたら、いずれ澱みます」

 教頭の手が一瞬止まった。
 「あなたは何を言いたいのです」
 「不正がある言うてるんちゃいます。
  ただ、“見て見ぬふり” は、それを守ることになる。
  子どもが見とるんですわ。大人が黙る姿を」

 教頭はしばらく沈黙した。
 窓の外から、部活動の掛け声がかすかに聞こえる。
 やがて彼は低く言った。
 「嵐山先生。あなたは昔から理想を語りすぎる。
  現実はもっと複雑です。理事の一人でも怒らせたら、
  この学校の予算も生徒募集も立ち行かなくなる」

 「それでええんですか?」
 嵐山の声が、やや低く響いた。
 「子どもの未来より、数字を守るほうが大事やと?」

 教頭は目を伏せた。
 「……あなたにはわからんでしょう。私の立場も。」

 嵐山は軽く頭をかいた。
 「わかります。わかるけど、わかったら負けですわ。
  “沈黙” は鬼の好物ですからな。」

 教頭が顔を上げた。
 その瞳に、一瞬だけ揺らぎが走った。

 嵐山は立ち去り際に、ぽつりと言った。
 「……風は止められても、匂いは残ります。
  あとは、どこでその匂いを感じるか――それだけですわ」

 ドアが閉まる音がして、静寂が戻った。
 教頭の机の上で、書類の端が微かに震えていた。
 まるで見えない風が通り抜けたかのように。