鬼を狩る子孫 第六話 不正入試(2)

追い風の噂

放課後の図書室は、春の光に満たされていた。カーテン越しの陽が机に模様を描き、埃がきらきらと漂っている。

真衣はノートを閉じ、ためらいながら口を開いた。

「ねえ……このあいだ話した子のこと、もう少し言ってもいい?」

悠夜と蓮は頷いた。

創作小説の挿絵

「俊哉くんって、予備校では目立たない子だったの。でも、先生には気に入られてた。よく手伝いを頼まれて……」
「手伝い?」

蓮が首をかしげる。

「うん、模試の採点とか、資料の整理とか。たぶん、あの子の家が、予備校に何か協力してたんだと思う。新しい教室の寄付者の名簿に、俊哉くんの名字があったから」

悠夜が静かに言った。

「それで、“風が追い風になる” って言葉を聞いたのか?」

真衣は小さくうなずいた。

「あるとき、講師たちが話してるのを聞いちゃったの。“あの子はもう安心だ、風がついてる” って。そのときは意味が分からなかったけど……いま思えば、あの “風” が、試験の後押しだったのかも」

蓮が鉛筆を回しながらつぶやいた。

「でもさ、もし本当にそうなら……ずるいよ」
「ずるい、か」

悠夜が言った。

「俺もそう思う。けど、“ずるいこと” って、たいてい “見えないとこ” で起きる。風だって、目に見えない。誰も気づかないうちに、旗だけが揺れるんだ」

真衣は顔を上げた。

「じゃあ、どうしたらいいの?」
「風を見ようとすることだよ」

悠夜が答えた。

「それが、“鬼” を見つける第一歩だ」

蓮が小さく笑った。

「また鬼か。でも、確かに “風” と “鬼” って似てるね。どっちも見えないけど、形を変えて人を動かす」

真衣は黙って窓の外を見た。校庭の桜が散り始めていて、花びらが風に舞っている。その風が本当にどちらから吹いているのか、彼女にはもう分からなかった。

「……嵐山先生なら、どう言うかな」

蓮の言葉に、悠夜は微笑んだ。

「たぶん、“風の向きを変えるのは、人の目ぇや” って言うと思う」

窓の外で、ひとひらの花びらが宙にとどまり、光の中でゆっくりと回転した。その軌跡が、まるで誰かの目に見えぬ意志を描いているようだった。