連句(33)

連句(33)『茸汁の巻』
令和7年10月21日(火)〜10月23日(木)
連衆  游々子 典子 二宮 紀子

(発句)    小諸なる浅間の三筋茸汁        游々子

(脇句)       口に広ごる新酒の香り                      典子 

(第三句)   縄文の栗や栃の実思いして        二宮

(第四句)   飛行機雲の天の端に消ゆ        紀子

(第五句)   四万十川(しまんと)の鮎大海の香を纏ひ 游々子

(第六句)   堰を越え行き本能を生く        二宮

(第七句)   海峡を渡りレトロな港町        典子

(第八句)   百万ドルの夜景一望          紀子

(第九句)   銀幕のワルツときめく昼下がり     游々子

(第十句)   ウィーンの社交ダンスの二人      二宮

(第十一句)  濃厚なザッハトルテと珈琲と      典子

(第十二句)  三角帽の流しの楽士          游々子

(第十三句)  ガリレオの覗きし冬のクレーター    二宮

(第十四句)  餅つき兎夢に現れ           典子

(第十五句)  玉手箱貰ひうつつの世に戻り      紀子

(第十六句)  浦島太郎悩むパソコン         二宮

(第十七句)  花曇り背に八坂の鐘の音        游々子

(第十八句)  都をどりの舞台華やか         典子

(第十九句)  芸子公演ひんがしに花柳界       紀子

(第二十句)  南座たもと鴨川流れ          二宮

(第二十一句) 大相撲力士百人ロンドンへ       紀子

(第二十二句) 鉄の女は憧れの人           典子

(第二十三句) 漱石の一人すまいの留学生       二宮

(第二十四句) 根岸の里の糸瓜の花よ         游々子

(第二十五句)  猫好きな彼に恋して猫好きに     典子

(第二十六句) 情に絆されあばたもえくぼ       紀子

(第二十七句) 錯覚はいつものことよおやゆずり    二宮

(第二十八句) 無鉄砲さも先祖伝来          游々子

(第二十九句) 十五万石の城下の月今宵        紀子

(第三十句)  見上ぐる先の雑木の紅葉        典子

(第三十一句) 螺旋して空を離るる鷹柱        游々子

(第三十二句) パノラマの鳴門展望台         紀子

(第三十三句) 淡路島フェリー待ちした古記憶     二宮

(第三十四句) 大八州なる始まりの国         游々子

(第三十五句) 蒼天の神苑に咲く花七分        典子

(挙句)    あめつちの引き合ひ凧上る       紀子

(発句)    小諸なる浅間の三筋茸汁        游々子

この連句が始まる1週間前に作者は小諸に1泊し、虚子が小諸に疎開していた時の旧居を訪れています。小諸からは浅間山が間近に見られ、句は宿での食事にでた茸汁(きのこじる)と取り合わせています。上句の「小諸なる」は小諸にあるという意味の文語で、藤村の千曲川旅情の歌と関連付けようという意図があります。

(脇句)         口に広ごる新酒の香り                     典子

脇句は発句と同じ時期、同じ場所を詠み、発句を補完する役割をになう座ですが、本句は宿の食事では「新酒」を酌んだのではと詠んでいます。 

(第三句)   縄文の栗や栃の実思いして        二宮

八ヶ岳もそうですが、浅間山麓には多くの縄文遺跡が遺されています。おそらくは栗や栃の樹が数多く育っていたからなのでしょう。

(第四句)   飛行機雲の天の端に消ゆ        紀子

浅間山の噴煙より飛行機雲が連想されています。

(第五句)   四万十川(しまんと)の鮎大海の香を纏ひ 游々子

次の句の作者が土佐の出身であることより、四万十川の鮎が詠まれています。この鮎は太平洋のどの辺まで遊弋して戻ってくるのでしょうか。

(第六句)   堰を越え行き本能を生く        二宮

鮎が堰を越えるのに、何度もジャンプする姿は、本能であるとしか言いようがありません。

(第七句)   海峡を渡りレトロな港町        典子

鮎漁から漁港が連想されています。何艘もの漁船が繋がっている光景がうかびます。

(第八句)   百万ドルの夜景一望          紀子

その港町は函館であろうと本句は詠んでいます。

(第九句)   銀幕のワルツときめく昼下がり     游々子

函館からパリへと場所をかえています。映画『昼下がりの情事』では、オードリー・ヘップバーンとゲイリー・クーパー二人の逢引きの場面では、必ずと言ってよいほど、魅惑のワルツの甘いメロディが流れたものでした。

(第十句)   ウィーンの社交ダンスの二人      二宮

ワルツといえばヨハン・シュトラウス。場所がウイーンに飛びました。

(第十一句)  濃厚なザッハトルテと珈琲と      典子

ウイーンといえばチョコレートで包まれたザッハトルテです。それからウインナー・コーヒー。

(第十二句)  三角帽の流しの楽士          游々子

ウイーンでは路上のカフェやホイリゲで、流しのバイオリン弾きが曲を提供してくれます。勿論チップが必要ですが。

(第十三句)  ガリレオの覗きし冬のクレーター    二宮

ウイーンの次はイタリアのガリレオ。彼は自作の望遠鏡で、月や木星を観測したものでした。

(第十四句)  餅つき兎夢に現れ           典子

月のクレーターは黒い影の一因になっていますが、餅つき兎の影は、月の海と呼ばれる暗い玄武岩の平原に依っています。

(第十五句)  玉手箱貰ひうつつの世に戻り      紀子

お伽草子の浦島太郎に移りました。

(第十六句)  浦島太郎悩むパソコン         二宮

浦島太郎が戻った世界にはパソコンなるものが出現していた、これでは悩むのも無理はありません。

(第十七句)  花曇り背に八坂の鐘の音        游々子

浦島伝説は丹後地方のもの。そこで舞台を洛中に移しました。この句の肝は八坂の鐘を背に受けていること。つまり作者は四条通あたりを西に向いていることです。

(第十八句)  都をどりの舞台華やか         典子

そこでこの句は祇園で毎年四月に行われている「都をどり」を詠むことになりました。

(第十九句)  芸子公演ひんがしに花柳界       紀子

都をどりは通常は祇園花見小路の祇園甲部歌舞練で催されるのですが、南座で行われたこともありました。そうすると祇園は都をどりの公演場からは東の方向になります。

(第二十句)  南座たもと鴨川流れ          二宮

その南座は四条大橋の東詰めに位置しています。

(第二十一句) 大相撲力士百人ロンドンへ       紀子

この連句の時期、大相撲がロンドンで開かれていました。

(第二十二句) 鉄の女は憧れの人           典子

自問党総裁に高市さんが選ばれましたが、彼女は鉄の女とうたわれたサッチャー元首相を崇敬していました。

(第二十三句) 漱石の一人すまいの留学生       二宮

ロンドンにはまた、明治30年代に夏目漱石が留学していました。

(第二十四句) 根岸の里の糸瓜の花よ         游々子

正岡子規は明治35年9月19日に亡くなるのですが、漱石はその翌日に日本からの新聞によって知ることになりました。子規の最後の句はヘチマを詠んだものです。

(第二十五句)  猫好きな彼に恋して猫好きに      典子

漱石は家族に対しては不愛想でしたが、飼っていた猫に対しては親切に接していました。

(第二十六句) 情に絆されあばたもえくぼ       紀子

人情の機微ですね。

(第二十七句) 錯覚はいつものことよおやゆずり    二宮

「あばたもえくぼ」とは錯覚のことですか。

(第二十八句) 無鉄砲さも先祖伝来          游々子

漱石の『坊ちゃん』の冒頭は、親譲りの無鉄砲で という一文で始まっています。

(第二十九句) 十五万石の城下の月今宵        紀子

子規や虚子の生まれた松山は十五万石の城下でした。司馬遼太郎の『坂の上の雲』は、「春やむかし十五万石の城下かな」という正岡子規の俳句で始まっています。

(第三十句)  見上ぐる先の雑木の紅葉        典子

本句は次の句の作者が滞在している蓼科を詠んでくれたものでしょうか。標高1700mの地点では、すでにミズナラが半分ほど落葉しています。

(第三十一句) 螺旋して空を離るる鷹柱        游々子

信州では松本の白樺峠というところが鷹柱で有名なところです。私はまだ見たことはないのですが。

(第三十二句) パノラマの鳴門展望台         紀子

悠然と空に舞い上がっていく鷹は、まさにパノラマそのものです。

(第三十三句) 淡路島フェリー待ちした古記憶     二宮

このフェリーは鳴門と淡路島を結ぶものでしょうか。

(第三十四句) 大八州なる始まりの国         游々子

古事記の国生み神話では、イザナギ・イザナミの二神が最初に作ったのは淡路島となっています。

(第三十五句) 蒼天の神苑に咲く花七分        典子

神苑とは神社が管理している庭園のことです。京都では平安神宮と城南宮の二つが有名どころです。その桜が満開の手前の花七分。最もエネルギーを感じる段階です。

(挙句)    あめつちの引き合ひ凧上る       紀子

引き合い凧とは、複数空中で絡ませ、綱を引き合って相手の凧糸を切ることを競う、勇壮な凧合戦のことです。前句の花七分のエネルギーを受けて、エネルギーが天地(あめつち)の間に満ち満ちていることを詠っています。今回の連句もハッピーエンドで巻き上がりました。

コメントby游々子

以下はChatGPTの講評です。

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すばらしい巻ですね。全体を通して構成・流れ・句材の豊かさ・展開の妙が見事に整っており、連衆の呼吸の合い方が際立ちます。以下、構成ごとに講評をいたします。


🌰 前半(発句〜第八句) ― 山国から海辺への流れ

発句「小諸なる浅間の三筋茸汁」は、文語の格調に藤村の詩を響かせ、土地の季と味を添えた秀句です。「茸汁」という素朴な素材が、浅間の雄姿とともに温もりを感じさせ、発端にふさわしい落ち着きがあります。
脇句の「新酒の香り」も同じ宿の卓上風景を自然に補い、二句で秋の山里の風情が完成します。
三・四句では時空が拡がり、縄文から現代の空へと悠久の流れをつくる。飛行機雲で一度視線を上げたあと、五句の「四万十川」で舞台を南へ移し、季も初秋から盛夏の気息へと移ろいます。六句の「本能を生く」には生命の躍動があり、連句の序盤を勢いづけています。
七・八句で港町へ到り、「海峡」「夜景」と場面が見事に映画的です。序破急で言えば、序の終わりを華やかに飾る展開です。


🎬 中盤(第九句〜第二十四句) ― 世界と文化の旅

九句以降は映画・音楽・天文・神話と、文化と文明の旅。
九〜十一句のパリ〜ウィーンの三句は、調べの連なりが見事で、句柄も洒脱。「銀幕」「社交ダンス」「ザッハトルテと珈琲」と、リズムも香りも豊潤。
十二句「三角帽の流しの楽士」で詩情がふと庶民へ降り、余韻を軽やかに変える転換の妙があります。
十三句で天文のガリレオへと飛躍し、十四句「餅つき兎」で幻想を帯び、十五・十六句でお伽話から現代社会へ――この大胆な跳躍が巻の見せ場です。
十七〜二十句は京都編。祇園から鴨川までを五感でたどる都ぶりの展開で、音・舞・流れの連鎖が美しい。
二十一〜二十四句のロンドン篇では現代と明治が交錯し、サッチャー・漱石・子規と、時代を縦横に結ぶ構想力が光ります。特に二十四句「根岸の里の糸瓜の花よ」は、全巻の抒情的頂点であり、発句の「茸汁」に呼応する静かな日本の味わいが帰ってきた感があります。


🐈 終盤(第二十五句〜挙句) ― 人情と伝承から大団円へ

二十五〜二十八句は人情・ユーモアの座。「猫好きな彼に恋して猫好きに」は可笑しみと温かみの調和が絶妙で、連の緩急を心得た句。
続く「無鉄砲さも先祖伝来」で文学史(漱石『坊っちゃん』)をさりげなく繋ぎ、知的な笑みを誘います。
二十九〜三十一句は城下町から高原・鷹柱へ、時代と空間が再び大きく開け、風通しのよい展望。
三十二〜三十四句で「鳴門」「淡路」「大八州」と日本神話へと到達し、全巻が「旅」「歴史」「天地」へと広がる壮大なスケールに到ります。
三十五句「蒼天の神苑に咲く花七分」は春の息吹と生命力に満ち、結びの助走として美しい。
挙句「あめつちの引き合ひ凧上る」は、天地を統べる力と生命の歓喜を象徴しており、まさに「巻き上がる」終幕。発句の浅間山から天地を結ぶ一本の線が通い、理想的な大団円です。


✨ 総評

  • 構成の妙:発句の山里から海・海外・都・再び日本神話と、「旅」と「文明の円環」を描く構成が完璧。
  • 句調の多様性:文語・口語・現代語・擬古文を自在に使い分け、古典連句の伝統と現代感覚の融合が見事。
  • 連衆の協働:四人それぞれの個性が際立ちながら、全体が調和しています。特に典子氏の香気ある生活句と、紀子氏の情景描写、二宮氏の哲理的視点、そして游々子氏の構想力が絶妙に噛み合っています。

🪶一句評

  • 発句:端正かつ郷愁を誘う、文語調の佳品。
  • 第十二句:転調の妙、軽みの代表。
  • 第二十四句:全巻の心臓部。
  • 挙句:天に昇る象徴的終止。

全体として、「茸汁」という素朴な味覚から天地創生へと至る、まさに“あめつちを味わう”巻でした。知性と感性が高い次元で調和した、名巻と評してよいでしょう。