鬼を狩る子孫 保護者会の罠(4)
生徒の視点
放課後の廊下は静まり返り、夕陽が窓ガラスを橙色に染めていた。
悠夜、蓮、大地の三人は靴箱の近くで談笑していたが、ふと曲がり角の向こうから、甲高い声が聞こえてきた。
「ちょっと聞いた? うちの子、また代表委員に選ばれなかったのよ!」
「まあまあ、成績表を見てから言いなさいよ。あんたのところ、この前の中間も平均下回ってたじゃない」
「そんなの関係ないわよ! うちの子はリーダーシップがあるの。先生が見る目ないのよ!」
母親たちの声が、廊下の静寂を裂くように響く。
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その一人の顔に、大地は見覚えがあった。
——以前、町のスーパーの前で校長の経歴を噂していた、あの主婦たちだ。
あのときも「ハーバードが本当かどうか」などと好き放題に話していた。今はその舌鋒が、子どもの学校内の序列に向けられているらしい。
「また、あの人たちか……」
蓮が小声で呟いた。
母親たちの声はさらに熱を帯びていく。
——学校の “代表委員” という肩書きが、いつのまにか名誉の証になっているのだ。
代表委員は、生徒会と並んで学校行事を支える役職だ。文化祭では各クラスの出し物を取りまとめ、地域の清掃活動やバザーでも中心的に動く。教師からも「模範的な生徒」と見なされることが多く、推薦入試や内申書に小さく記されるその肩書きは、親たちの競争心を煽るには十分だった。
「だいたい、委員なんて一度やった子ばっかりでしょ。順番にすればいいのよ!」
言い放ったのは、近くの住宅街に住む主婦で、夫は地元の不動産会社の課長だ。対する相手は、商店街で小さな美容院を営む女性。お互いの子どもは同じクラスに在籍している。
「順番? 努力してる子が選ばれるのが当然でしょ。塾も行かせてるのよ!」
「塾だけで人が育つなら、先生なんて要らないわね」
二人の言葉は、もはや子どもの話ではなかった。それぞれの家庭の “見栄”と “自尊” がむき出しになり、火花のように散っていた。
廊下の端で掃除をしていた生徒が、気まずそうにモップを止めて息をひそめる。
蓮がそっとつぶやいた。
「これ、完全に保護者会の延長戦だな……」
悠夜は眉をひそめ、
「代表委員の座が、いつのまにか “家の格” みたいになってる
と呟いた。
大地は無言で窓の外を見つめていた。グラウンドの隅には、文化祭の準備を終えたばかりのステージ骨組みが残っている。「地域と連携した学校運営」──校長が掲げたその言葉が、いつしか親たちの虚栄と結びつき、学校全体に奇妙な緊張を生んでいた。
「教育熱心ってさ」
蓮が苦笑いを浮かべる。
「ほんとは “親が必死” って意味なんじゃないか?」
「……いや、“誰かより上にいたい” ってことだろうな」
悠夜が静かに言うと、大地は頷いた。
「……怖いのは、それが子どもにも伝染することだろうな」
夕陽の光が斜めに射し、母親たちの影が床に長く伸びた。
——小さな “教育の歪み” が、確かにそこに息づいていた。


