鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第二章 洛中の渦(6)

第6回 霧村の名

 祭の喧噪を離れ、朔太郎は洛北へ向かった。

 都の北は、次第に人影がまばらになる。畑が広がり、松林が続く。応仁の乱で洛中は焼けたが、このあたりは大きくは傷まなかったと聞く。

 小さな寺があった。

 霊松寺。

 山門は簡素で、苔むしている。だが、本堂は整えられている。

 朔太郎は、文書を扱う寺があると聞き、訪ねてきた。

 古文書の整理を続ける寺だという。

 本堂の奥で、老僧が帳面を広げていた。

「丹波から参った者です」

 朔太郎が言う。

「ほう」

 老僧は顔を上げる。

「何を探しておる」

「名を」

 それだけを答えた。

 老僧はしばらく朔太郎を見つめ、やがて立ち上がる。

 奥の蔵へ案内する。

 土蔵の中は涼しく、紙の匂いがした。

 箱が積まれ、巻物が並んでいる。

「戦の折も、ここは焼けなんだ」

 老僧が言う。

「焼かれるほどの値打ちもなかったのかもしれぬ」

 笑う。

 巻物が開かれる。

 墨の文字が並ぶ。

 朔太郎は、指先でなぞる。

 村の名。
 庄の名。
 人の名。

 やがて、目が止まる。

 霧村。

 はっきりと、記されている。

 丹波だけではない。

 摂津。
 近江。
 山城。

 散っている。

創作小説の挿絵

「この名は、各地に残っておる」

 老僧が言う。

「同じ血かどうかは分からぬ。だが、同じ名は残る」

 朔太郎は黙っている。

 第一章で、小次郎が言った。

 ――霧村の血は、国に散っている。

 言葉が、紙の上にある。

 墨が乾いている。

 書かれたのは、ずっと前だ。

 夢ではない。

 偶然でもない。

 血は、残っている。

 朔太郎は巻物を閉じる。

 胸の奥に、重みが落ちる。

 確かめるために京へ来た。

 いま、初めて確信する。

 霧村の名は、消えていない。

 蔵の外では、松が風に鳴っている。

 老僧が言う。

「名は残る。人は消える」

 朔太郎は答えない。

 蔵を出ると、空は澄んでいた。

 洛中の喧噪は遠い。

 静かな北の空気の中で、朔太郎は立ち止まる。

 血は、散っている。

 だが、消えてはいない。