連句(32)
連句(32)『稲刈の巻 』
令和7年10月11日(土)〜10月14日(火)
連衆 二宮 游々子 紀子 典子
(発句) 稲刈のボランティアいる棚田かな 二宮
(脇句) お国を語る能登の車座 游々子
(第三句) 山山の便り持ち来る小鳥来て 紀子
(第四句) 村の外れの古びたポスト 典子
(第五句) 昆布刈羅臼の番屋忙しく 二宮
(第六句) 地酒呑みつつ絶品の寿司 紀子
(第七句) みすず刈る信濃の湖を渡る神 游々子
(第八句) サービスエリアの温泉嬉し 典子
(第九句) 手をつなぎ座る足湯のポカポカと 二宮
(第十句) 恋占ひのみくじ大吉 紀子
(第十一句) 長考をしつつ思案す勝負飯 游々子
(第十二句) 狙う鉱脈微光の双葉 二宮
(第十三句) イスラムとユダヤの聖地月冴ゆる 紀子
(第十四句) ゲルマン人は騎士のなりして 游々子
(第十五句) ノーベル賞二人受賞に沸く日本 典子
(第十六句) 未来へ繋ぐ北欧の夜 紀子
(第十七句) 山里に迷いて花あり人は居ず 二宮
(第十八句) 十石船の触るる枝々 游々子
(第十九句) 京の路地石鹸玉吹く子らのゐて 典子
(第二十句) 七色の風渡る清水 紀子
(第二十一句) はんなりと大正ロマン夢二の絵 典子
(第二十二句) 中華革命広州に発つ 游々子
(第二十三句) 主なき紫禁城にも夏の草 紀子
(第二十四句) 人民公社今いずこにか 二宮
(第二十五句) 内蒙の王府に詠める鳥居妻 游々子
(第二十六句) 馬頭琴弾く君の横顔 典子
(第二十七句) ミャクミャク(脈々)と繋ぎし平和万国旗 紀子
(第二十八句) 交流の種育てよ広く 二宮
(第二十九句) 賑はひの終へし夢洲月仰ぐ 典子
(第三十句) 切手趣味には広重の雁 游々子
(第三十一句) 新種柿農家工夫の試し食い 二宮
(第三十二句) 遠くの寺の鐘の音聞こゆ 典子
(第三十三句) 幸せのウエディングベルいつまでも 紀子
(第三十四句) 良き音聞いていいところ見る 二宮
(第三十五句) 草枕京(みやこ)を出でし花の人 游々子
(挙句) 春風そよぐなだらかな道 典子
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(発句) 稲刈のボランティアいる棚田かな 二宮
秋も進み、稲を刈る季節となりました。棚田には稲刈り機が入らず、人手で作業をしなければなりません。そんな時、ボランティアのヘルプがあると助かるものです。
(脇句) お国を語る能登の車座 游々子
棚田には、名勝にもなっている能登の棚田が有名で、そこには都会からのボランティアが集まり、田植えから稲刈りまで、棚田の保全に一役買っています。そうしたボランティアは作業の合間に車座を作り、それぞれの故郷の話をしていることでしょう。
(第三句) 山山の便り持ち来る小鳥来て 紀子
秋になって来る小鳥ですら、それぞれの山々の便りを運んでいる、という句です。
(第四句) 村の外れの古びたポスト 典子
「便り」からポストが連想されました。
(第五句) 昆布刈羅臼の番屋忙しく 二宮
棚田の稲刈りから、今度はオホーツクに面する羅臼の昆布刈りに場面を移しました。昆布刈は夏の季語で、羅臼昆布の漁は主に7月から8月にかけて行われています。その時期は漁師のたまり場である番屋は賑わいを見せています。
(第六句) 地酒呑みつつ絶品の寿司 紀子
番屋から地酒が連想されて、さらに寿司にまでイメージが膨らんでいます。
(第七句) みすず刈る信濃の湖を渡る神 游々子
次は長野に場所を移しました。「信濃の湖(うみ)」とは諏訪湖をさし、諏訪湖が全面結氷し、更に温度が下がると氷が収縮して盛り上がりが南北に出来、御神渡りと称される現象が起きます。これは諏訪大社の上社(諏訪湖の南側)に祀られているタケミナカタが下社(諏訪湖の北側)に祀られている妻に会いに行く道と言い伝えられています。「みすず刈る」は信濃の枕詞で、諏訪地域に鉄が産出したことに由来するという説があります。
(第八句) サービスエリアの温泉嬉し 典子
中央道の諏訪のサービスエリアには諏訪湖を一望する温泉施設が備わっています。
(第九句) 手をつなぎ座る足湯のポカポカと 二宮
足湯は最も簡便な温泉です。本句と次の句は恋の座の句です。
(第十句) 恋占ひのみくじ大吉 紀子
大吉の出た恋占い、良かったですね。
(第十一句) 長考をしつつ思案す勝負飯 游々子
最近の将棋の対局では、棋士が昼ごはんに何を食べるかが話題になっています。縁起をかつぐということで、勝負飯と呼ばれています。
(第十二句) 狙う鉱脈微光の双葉 二宮
「鉱脈を狙う」というのは、棋士が狙いすましの一手を見つけ出すのと似通っています。
(第十三句) イスラムとユダヤの聖地月冴ゆる 紀子
エルサレムを詠んだ句です。
(第十四句) ゲルマン人は騎士のなりして 游々子
エルサレムは、中世にはキリスト教を信奉する十字軍が入っていて、三者三つ巴の図式が現在にも続いています。
(第十五句) ノーベル賞二人受賞に沸く日本 典子
この連句の直前、今年二人目のノーベル賞が日本人科学者に与えられました。
(第十六句) 未来へ繋ぐ北欧の夜 紀子
ノーベル賞の授与式はスエーデンのストックホルムで行われます。
(第十七句) 山里に迷いて花あり人は居ず 二宮
山里に迷い込んでしまったら、人は居なくて桜だけが咲いていた という句です。
(第十八句) 十石船の触るる枝々 游々子
その桜とノーベル賞より京都が連想され、岡崎や伏見の疎水で運航されている十石船が詠まれました。疎水には桜の枝が十石船に触れんがばかりに岸から張り出しています。
(第十九句) 京の路地石鹸玉吹く子らのゐて 典子
疎水から路地へと場所を移しました。京都は路地の多い町です。
(第二十句) 七色の風渡る清水 紀子
シャボン玉から七色が連想され、路地から清水に繋がっています。
(第二十一句) はんなりと大正ロマン夢二の絵 典子
京都の特徴は「はんなり」、そこから竹下夢二の世界が連想されています。
(第二十二句) 中華革命広州に発つ 游々子
夢二が活躍した大正時代に、中国では孫文による滅満興漢をスローガンとした中国革命が引き起こされました。
(第二十三句) 主なき紫禁城にも夏の草 紀子
当初は紫禁城に滞在することを認められていた清朝最後の皇帝も、紫禁城から追放され、その後関東軍に担がれて、満州国の皇帝となっていきました。
(第二十四句) 人民公社今いずこにか 二宮
戦後、毛沢東によってつくられた人民公社は、今どうなっているのでしょうか。
(第二十五句) 内蒙の王府に詠める鳥居妻 游々子
日露戦争のあと、内モンゴルの一つの王府に女子教育の学校が設立され、その教師として考古学者である鳥居龍蔵の妻が招かれました。夫より1か月早く赴任した妻は、「この月に君が思ひも籠るらん カラチンの夜半東風ぞそよ吹く」と詠んでいます。
(第二十六句) 馬頭琴弾く君の横顔 典子
モンゴルの名物は馬乳酒と馬頭琴です。
(第二十七句) ミャクミャク(脈々)と繋ぎし平和万国旗 紀子
一昨日、当初は懸念されていた大阪万博が成功裏に終了しました。ミャクミャクはこの万博での公式キャラクターです。これを脈々に掛けています。
(第二十八句) 交流の種育てよ広く 二宮
外国人も多数インバウンドで訪れて、この万博は近来に珍しい快挙となりました。
(第二十九句) 賑はひの終へし夢洲月仰ぐ 典子
万博会場であった夢洲は、その賑わいも過ぎて今は月が照らしています。
(第三十句) 切手趣味には広重の雁 游々子
安藤広重の浮世絵である「月と雁」は、昭和24年に8円の記念切手のデザインとなりましたが、切手収集を趣味とした少年には高額すぎて手が出せませんでした。
(第三十一句) 新種柿農家工夫の試し食い 二宮
秋の山里の光景です。柿は田舎では庭先に普通に植えられていた樹ですが、柿農家となると、新種の柿の開発に余念がありません。
(第三十二句) 遠くの寺の鐘の音聞こゆ 典子
この句からは、島崎藤村の『破戒』に登場する蓮華寺の鐘の音を連想します。夕暮れ時に響く山里の寺の鐘です。
(第三十三句) 幸せのウエディングベルいつまでも 紀子
鐘の音からは、ウエディングベルに繋がることになりました。
(第三十四句) 良き音聞いていいところ見る 二宮
鐘の音は内面の苦悩や悲しみを呼び起こす一方で、ウエディングベルのように幸せな気分を醸し出すものもあります。人生はなるたけ幸せな気分で過ごしたいものです。
(第三十五句) 草枕京(みやこ)を出でし花の人 游々子
本句は西行をイメージして詠まれた句ですが、ハッピーエンドの挙句の前の句としてどうであったかと、投句したあと思案したものでした。
(挙句) 春風そよぐなだらかな道 典子
難しい前句にも関わらず、挙句では見事なエンディングが詠まれ、今回の連句も気持ちの良い旅をすることが出来ました。
コメント by 游々子
以下はChatGPTによる講評です。
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とても充実した連句ですね。『稲刈の巻』は、構成・展開ともに緻密で、四人の調和と即興の妙がよく出ています。以下、全体評と句別の要点を述べます。
🔶総評
本巻は、**「労働と自然」「文化と交流」「歴史と未来」**という三層を滑らかに往還する見事な展開です。
特に前半の棚田から北の海へ、そして信濃へと移る流れは地理的にも詩的にも自然で、
後半では京都から大陸、さらに未来の万博・人類の平和へと広がる“旅の詩”として完成しています。
終盤で「鐘」「ベル」「花の人」「春風」と柔らかく閉じる構成も、浄化の調べを感じさせます。
連衆それぞれの個性も際立ち、
- 二宮氏は地理的広がりと力強い発想、
- 游々子氏は歴史・思想性の深み、
- 紀子氏は抒情的な響き、
- 典子氏は場面転換の巧みさと調整力、
が生きています。
🔹前半(第1〜第6句)
発句「稲刈のボランティアいる棚田かな」から始まる人の温かみある秋景。
そこに游々子の「お国を語る能登の車座」が、風土と共同性を持ち込み、情景を深めています。
紀子の「山山の便り持ち来る小鳥来て」で風通しが生まれ、典子の「古びたポスト」が詩情を止めます。
この導入部の静から動へのリズムが良く、五・六句で羅臼の海と寿司へ至るのも、香気のある転換です。
🔹中盤(第7〜第16句)
「みすず刈る信濃の湖を渡る神」―この一句で詩のスケールが一気に広がります。
信仰と自然の融合、美と理の両立が見事。
続く「サービスエリア」「足湯」「恋占ひ」は、現代的モチーフでありながら、
温もりと微笑みを忘れない軽みの句。
「長考」「勝負飯」「鉱脈」と展開する知的な座も面白く、
「イスラムとユダヤの聖地月冴ゆる」で再び壮大な視野へ。
宗教と人間の対立を、冷たい月光で詩化した力量句です。
その後「ゲルマン人」「ノーベル賞」「未来へ繋ぐ北欧の夜」へと続く流れは、
歴史と科学、信仰と理性の対話を感じさせ、連句の“旅”として非常に整っています。
🔹後半(第17〜第28句)
「山里に迷いて花あり人は居ず」からの静寂。
ここでいったん呼吸を整え、「十石船」「京の路地」「清水」と詠み進めるあたりは、
まるで映画のようなカメラワーク。
「はんなりと大正ロマン夢二の絵」から「広州」「紫禁城」「人民公社」への歴史的転換も滑らかで、
“ロマン”から“革命”への連想の飛躍が鮮やかです。
「内蒙の王府」「馬頭琴」は異国情緒の中にも温かみがあり、
「ミャクミャク」「交流の種」「夢洲の月」で、
再び“人の希望”に帰結してゆく構成は、巻全体のテーマ(自然・人・未来)を見事に回収しています。
🔹結尾部(第29〜挙句)
「切手趣味には広重の雁」は、叙情とノスタルジーを併せ持つ佳句。
旅の終盤に“少年の日の記憶”を置くのは心憎い。
「柿」「寺の鐘」「ウエディングベル」で、
現世の幸福と精神の浄化が重なります。
「草枕京を出でし花の人」では、西行的な放浪と悟りの境地が交錯し、
挙句「春風そよぐなだらかな道」で完璧に浄化。
――最後の二句で、まるで心の冬を越えたような清明感が残ります。
🔹総括
この巻は全体を通して「旅」と「邂逅」の物語になっています。
秋の棚田に始まり、地球をめぐり、春風に帰る――。
連句本来の「句境の移り」に忠実でありながら、現代的題材(万博・ノーベル賞)を自然に溶け込ませている点が秀逸です。
一部、後半でやや説明が多くなりがちな箇所(中国革命〜人民公社付近)もありますが、
全体のバランスを崩すほどではありません。
連衆の協働が光った完成度の高い巻です。
特に結句部の「静けさの中の幸福」は、これまでの巻の中でも秀逸な終章です。


