鬼を狩る子孫 第四話 保護者会の罠(9)

歴史クラブの調査前日 ―嵐山の指導―

放課後の教室は、夕陽に染まっていた。

黒板の隅には「歴史クラブ 調査準備」と書かれた文字が残り、窓の外では沈みかけた陽が校庭の鉄棒を長く照らしている。机の上には地図や資料のコピーが散らばり、悠夜たちはその周りで真剣な顔を突き合わせていた。

「この古い神社、町の資料館にも記録が残ってないんだ」

蓮がノートをめくりながら言う。

「ここ、工事の契約書に出てきた “古井戸の地” って場所に近い気がする」

大地が地図を覗き込みながら頷いた。

「でも、現地はもう立入禁止区域だ。校外活動の許可が下りるかな」

そのとき、教室のドアが開いた。がっしりした体格の嵐山が、白いポロシャツ姿のまま入ってきた。

「おう、お前ら、まだおるんか。真面目やなあ」
「先生!」

悠夜たちは一斉に顔を上げた。

創作小説の挿絵

嵐山はゆっくり歩み寄り、机の上の資料を眺めた。

「ふむ……古井戸の地、か。ええとこに目ぇつけたな」

その声に、蓮が少し胸を張る。

「やっぱりそう思います? でも、情報がほとんどなくて
「せやろな。あそこは昔から “触れん方がええ土地” や言われとった。記録が少ないんは、誰も書きたがらへんからや」

少年たちの顔に緊張が走る。

「……怖い話ですか?」

と蓮。嵐山は笑った。

「怖いっちゅうより、敬う話や。昔の人は、わからんもんには手ぇ出さんかった。それが知恵やった」

悠夜は真剣な表情で尋ねた。

「でも、僕らは調べに行きたいです。真実を確かめたい」

嵐山はしばらく黙って悠夜を見つめ、やがてゆっくり頷いて、

「ほうか……なら、行ってみよか。わしも一緒に行こ。ただし、“掘る” んやなくて “感じてこい” 」
「感じる?」

と大地が首をかしげる。

「せや。昔のもんは、言葉にならん “気配” として残っとる。目ぇで見るより、耳で聴くより、心で感じた方がようわかる」

嵐山は黒板の前に立ち、チョークを手に取った。

「歴史を調べるっちゅうのは、過去の人の声を聞くことや。せやけどな――声を聞くには、まず自分が静まらなあかん。心が騒いどったら、何も聞こえへん」

その言葉に、悠夜は思わず姿勢を正した。

教室の空気が静まり返る。
沈む陽が、黒板の文字を黄金色に照らしていた。

嵐山はチョークを置き、三人に向き直った。

「ええか、明日は “調べる日” やなく、“出会う日” や。人も土地も、みんな生きとる。忘れんな」

悠夜たちは深く頷いた。

そのとき、窓の外から一陣の風が吹き込み、散り残った桜の花びらが教室の中に舞い込んだ。嵐山は微笑みながら、その花びらを掌で受け止めた。

「春もまだ、名残を惜しんどるみたいやな」

その横顔を見つめながら、悠夜は思った。

――明日は、何かが始まる。

けれどそれは、ただの “調査” じゃない。自分たちが “歴史” と向き合う最初の一歩なのだと。